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第十二章錦州
第十二章第三十七節(老人)
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三十七
大毎奉天支局で茅野一行が消息を絶ったとの知らせを受けた村田次長は、さっそく関東軍司令部へと赴いた。石原莞爾中佐に掛け合った末、五日の朝に軍用機で錦州へ飛んできた。
ちょうどその日の午後には、茅野一行のことを知っているという老人が単身錦州商務会館へ現れたとの情報も入った。
憲兵隊が老人の身柄を拘束し素性を探ると、それは茅野とともに徒歩で錦州を目指した華人の一人で、塚田参謀に密偵として仕える程寶山という男であることが分かった。
村田が憲兵隊本部へ急行すると、相前後して取り調べの河田大尉もやってきた。幸い、憲兵隊と軍捜索隊の事情聴取には村田も立ち会いを許された。
程寶山が語るには、日本軍に先立って一行が錦州へ行くことになったのは、山口馨一郎と商務会長の劉某との間に事前の連絡がついていて、劉から「今夜のうちに来てくれ。歓迎するから」との了解があったからだという。
装甲列車を降りた六人は夕闇の中を線路伝いに錦州へ向かった。
途中、小遼河の部落で李某という村長に道案内を頼み、七人となった一行は錦州街道を西へ西へと進んだ。
一時間ほど行くと、前方の暗がりにうごめく一団の人影が現れた。それは十四、五人の便衣兵だった。一行はヒヤリとしたが、そのときは何事もなく通り過ぎた。ほどなく辺りはすっかり闇に包まれたが、一行はなおしばらく歩いて八家子付近まで来た。今度は三十人ばかりの集団に遭遇した。彼らはみな武装しており、公安大隊だと自称した。
武装した一団が一行を見とがめると、中から頭目らしいのが出てきて「今頃どこへ行くのだ」と尋ねてきた。「錦州の商務会に呼ばれたので、これから行くところだ」と答えると、「怪しい奴らだ。取り調べろ」といって一行の身ぐるみを剥がし金品を巻き上げ、寒空にも関わらず丸裸にした。
頭目は度々、「日本軍はどのくらい来ているのか」とか、「いつこちらへ来るのか」と尋問してきた。
一行は軍の作戦の妨げになるからと、誰も口を割らなかった。すると頭目は「貴様らは間諜だな。ひっ捕らえろ」と命じて、一人一人を縛り上げた。その際、寒かろうからと衣服だけは返してくれた。
そんな頭目も、李村長と程寶山には「お前たちは老人だから許してやる。先へ行け」と言って解放してくれたのだという。
程寶山は「一行は身代金目的の人質として拉致されたに違いない」と主張したが、村田の目に映った老人の姿は「立派な髭を生やした馬賊頭目」そのものであった。
このとき村田は、「馬賊出身の程寶山と頭目の間に何らかの交渉があったのではないか」と推測した。
大毎奉天支局で茅野一行が消息を絶ったとの知らせを受けた村田次長は、さっそく関東軍司令部へと赴いた。石原莞爾中佐に掛け合った末、五日の朝に軍用機で錦州へ飛んできた。
ちょうどその日の午後には、茅野一行のことを知っているという老人が単身錦州商務会館へ現れたとの情報も入った。
憲兵隊が老人の身柄を拘束し素性を探ると、それは茅野とともに徒歩で錦州を目指した華人の一人で、塚田参謀に密偵として仕える程寶山という男であることが分かった。
村田が憲兵隊本部へ急行すると、相前後して取り調べの河田大尉もやってきた。幸い、憲兵隊と軍捜索隊の事情聴取には村田も立ち会いを許された。
程寶山が語るには、日本軍に先立って一行が錦州へ行くことになったのは、山口馨一郎と商務会長の劉某との間に事前の連絡がついていて、劉から「今夜のうちに来てくれ。歓迎するから」との了解があったからだという。
装甲列車を降りた六人は夕闇の中を線路伝いに錦州へ向かった。
途中、小遼河の部落で李某という村長に道案内を頼み、七人となった一行は錦州街道を西へ西へと進んだ。
一時間ほど行くと、前方の暗がりにうごめく一団の人影が現れた。それは十四、五人の便衣兵だった。一行はヒヤリとしたが、そのときは何事もなく通り過ぎた。ほどなく辺りはすっかり闇に包まれたが、一行はなおしばらく歩いて八家子付近まで来た。今度は三十人ばかりの集団に遭遇した。彼らはみな武装しており、公安大隊だと自称した。
武装した一団が一行を見とがめると、中から頭目らしいのが出てきて「今頃どこへ行くのだ」と尋ねてきた。「錦州の商務会に呼ばれたので、これから行くところだ」と答えると、「怪しい奴らだ。取り調べろ」といって一行の身ぐるみを剥がし金品を巻き上げ、寒空にも関わらず丸裸にした。
頭目は度々、「日本軍はどのくらい来ているのか」とか、「いつこちらへ来るのか」と尋問してきた。
一行は軍の作戦の妨げになるからと、誰も口を割らなかった。すると頭目は「貴様らは間諜だな。ひっ捕らえろ」と命じて、一人一人を縛り上げた。その際、寒かろうからと衣服だけは返してくれた。
そんな頭目も、李村長と程寶山には「お前たちは老人だから許してやる。先へ行け」と言って解放してくれたのだという。
程寶山は「一行は身代金目的の人質として拉致されたに違いない」と主張したが、村田の目に映った老人の姿は「立派な髭を生やした馬賊頭目」そのものであった。
このとき村田は、「馬賊出身の程寶山と頭目の間に何らかの交渉があったのではないか」と推測した。
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