風紋（Sand Ripples）～あの頃だってそうだった～

第十二章錦州

第十二章第三十二節（牛荘）

　　　　　　　　　　　　　　　　　三十二

　営口えいこうから西進を始めた第二師団へ続くべく、本庄司令官は十二月二十六日午後六時、他の諸部隊に前進命令を発した。

　「一、混成第三十九旅団は十二月三十日払暁、新民に向かい前進すべし。
　　二、混成第八旅団は混成第三十九旅団の前進に伴い巨流河きょりゅうが以西北寧線の守備を担任し、状況の許す限り付近の敵を掃蕩すべし。
　　三、独立守備隊は巨流河以東の北寧線を守備すべし」

　そうしてみんなが前を向くと、まるで“お約束”とでも言うように後ろが危うくなる。
　その夜、遼陽の第二師団から「牛荘ぎゅうそう西北に蟠踞ばんきょする義勇軍二千五百が本日、牛荘を占領し、さらに海城かいじょう、南台なんだいへ進出の模様」との連絡が入った。

　つい先だって後顧こうこの憂うれいを断ったはずなのに、敵はふたたび背後から襲い掛かって来たのだ。しかも前回より強力な戦備を整えて－－。
　関東軍司令部は心底頭を抱えた……。

　ということになっている。記録上は－－。
　だがもしかしたら、それはトリックだったのかもしれない。
　予て二宮重治参謀次長が仄めかしていた、朝鮮軍からの一個旅団を引き出すための－－。

　その点の真相は定かでないが、本庄司令官は敵義勇軍に牛荘を占領された報告と併せ、中央へ次のように打電した。

　「諜報によれば、これら各匪賊団は我が軍の錦州方面前進に伴い満鉄を破壊し後方攪乱かくらんを企図するは確実なり」
　
　若槻政権の下だったなら、いろいろと悶着を起こしていたに違いない。
　だが犬養政権になって陸軍中央部も随分と顔ぶれが変わったから、奉天の要請はすんなり受領された。
　翌二十七日午後十時半、「臨参命第十号」が発令される。

　「一、満洲に左の如く兵力を増派す。
　　　１．第二十師団司令部
　　　２．混成旅団一（第十九師団より）
　　　３．重爆撃飛行中隊一（第三師団より）
　　二、混成第三十九旅団は第二十師団長鴨緑江おうりょくこう通貨の時を以て本来の指揮系統に復帰するものとす」
　
　こうして朝鮮からの一個旅団が、予て望んだ重爆撃機隊とともに増派された。しかもこの章の冒頭に書いた第三十九旅団の原駐地帰還は、当面見送られることとなった。