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第十二章錦州

第十二章第三十節(帝国政府声明)

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                三十

 日増しに高まる錦州攻撃の機運に気を揉んだのが、東京の英・米・仏大使たちだった。

 英国のフランシス・リンドレー駐日大使とフランスのマルテル大使は十二月二十二日、相前後して外務省に永井松三ながいしょうぞう次官を訪ね、「聯盟理事会の趣旨に鑑み、錦州方面の事態が速やかに鎮静に帰し重大な形勢に陥らないよう日本政府の注意を喚起する」意味の通告をし、二十四日にはフォーブス米大使が犬養外相と会談し、「米国は満洲問題に関する限り聯盟を支持し、聯盟と行動を共にする」ことや錦州問題の平和的解決を希望する旨を伝えた。

 これが若槻礼次郎わかつきれいじろう内閣で、幣原喜重郎しではらきじゅうろう外相だったならあるいは、再度軍部へ掛け合ったかもしれない。もし金谷範三かなやはんぞう参謀総長だったなら、あるいは関東軍へ撤兵を厳命したかもしれない。
 だが犬養内閣は「幣原外交の総決算」を標榜する政権である。
 政府は十二月二十七日、毅然きぜんとした態度で声明を発表して錦州攻撃の正当性を内外にアピールした。
 全文で二千六百三十文字に及ぶ声明の要点を抜き出せば、次のようになる。

 「一、満蒙における治安の維持は帝国政府の最も重要視するものである。治安の保持があって初めて満洲は内外人の安住の地となり、また秩序の無いところに『門戸開放』も『機会均等』も、ただの空言と化す。

    図らずも今回の事変で、旧奉天軍の不当なる攻撃に自衛手段を取った結果、帝国はやむを得ず広大なる地域にわたって公共の安寧を維持し住民の権益を保護する義務を負うにいたった。
    当時、旧政権の地方官憲は法秩序を保持すべき一切の努力を払わず、逃亡または辞職したため、残された無辜の住民を災禍から守るのは、帝国政府の責務となった。
    これこそ我が軍が、多大の犠牲を払いながら人命財産の安全を保持すべく全力を尽くしてきた所以である。

  二、既存諸機関の崩壊を見るや、満蒙における馬賊その他不逞分子の跳梁は増すに至った。
    これら不逞分子の跳梁は十一月上旬頃から満鉄付属地や接譲地、ことに満鉄沿線の西方で顕著となったが、これら馬賊の活動が錦州軍権の組織的策謀に基づくものであることは、捕虜の陳述や押収文書その他に照らして疑い得ない。

    第三国駐在武官の中には、錦州軍権が何ら攻撃準備など行っていないと報告する者もあるが、同軍権はほぼ打虎山以西の北寧線上および近辺各地に巨大な兵力を擁し、錦州その他の駐屯地に着々と兵備を整えている。
    打虎山は奉天から北遼線で三、四時間の近距離にあり、これらがいかに脅威であるか測り知れよう。

    十一月上旬における満鉄線西方の馬賊は約一万三千と算定されたが、十二月上旬の調査では三万を超え、機関銃、迫撃砲等の装備も有して正規軍との区別がほとんど付かない状態にある。

   三、たまたま十一月二十四日、雇維均外交部長から日華両軍の衝突を避けるべく錦州軍権を山海関以西へ撤退させる案が提示され、帝国政府も在外公使らを通じて張学良氏と話し合うよう訓令した。     
    ところが同部長は途中で前言を翻し話し合いに応じなくなり、張学良氏は何度も錦州軍の自発的撤退を約束しながら未だに撤退はせず、むしろ同方面の兵備を厳にしているのが実情だ。

   四、交渉開始からすでに一カ月を経たが、民国側の不誠意な態度により何等の効果も前途も見据えられない。この間、賊団の出没はますます盛んとなったため、ついに我が軍はこれら討伐の為にその根拠地である遼西方面に進出せざるを得なくなった。

    もとより我が軍が、聯盟理事会決議の趣旨に反し好んで錦州正規軍へ攻撃を加えるような措置に出るつもりもなく、ただ我が軍が自衛上必要と認める措置に出た場合、その結果として生じる一切の責任はすべて民国側が負うべきである。

   五、錦州軍権による組織的治安攪乱に対する日本国民の憤激は甚だしいものがある。にも関わらず一カ月の長きにわたり帝国軍が匪賊討伐の自由を抑制してきたのは、ひとえに日華両軍の衝突を避け、誠心誠意、隠忍自重して国際諸条約および聯盟決議に基づく義務に忠実であろうとしたためである。これを踏まえて今回の措置が必ずや世界の輿論に認められると信ずるものである」
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