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第十二章錦州

第十二章第二十六節(攻撃準備)

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                二十六
 
 顧維鈞こいきんの「中立地帯案」が泡と消え、満洲のあちらこちらに兵匪が頻繁に出没しては治安を紊乱している状況がヨーロッパへも伝わると、国際社会はついに日本の主張を認めざるを得なくなった。理事会決議案への“留保”のかたちではあるが、「馬賊討伐権」も是認されそうである。
 かくて十二月理事会も大詰めを迎えた十二月七日、南次郎陸相から奉天へ一本の電報「陸満三三九号」が届く。

 「民国側の不誠意によって今後該(遼西)地方に於いて日華両軍の全面的衝突が行われた場合に於ける帝国の対聯盟および対列国闘争ならびに対内外宣伝の指導的精神の大要を外務側と打ち合わせを行った」

 外交交渉に望みを託していったんは兵を退いたが、「中立地帯案は日本側の申し出に基づくものだ」などと居直ってきたのだから、もう遠慮はいらない。陸軍と外務であらためて調整し、錦州方面に対する方針を見直した。
 いわく、同方面に跳梁ちょうりょう甚だしい馬賊兵匪の討伐は、結局日本軍が行うしかない。その過程で錦州正規軍と衝突する恐れもあるが、それはひとえに民国側の不誠意に端を発するものに他ならない--。

 土壇場にきて、日本政府もいよいよ本気を出した。錦州攻撃の正当性を国際社会に認めさせるため、積極的な宣伝活動を展開するという。
 
 十二月十三日、石原参謀は多門二郎たもんじろう第二師団長とも調整した上で、参謀本部へ錦州攻撃に関する構想を打ち明けた。もし内外の環境が許すなら北寧鉄道で大凌河だいりょうがまで南下し、同地で攻撃態勢を整える。
 政略上の事情によりこの方法が採れない場合は、次のステップを踏みつつ漸次部隊を前進させるとういうものだ。

 「イ.凌河りょうがの結氷により、牛荘ぎゅうそう西方地区の匪賊が河を渡って再び満鉄沿線の治安を脅かしつつある。この動きに乗じて第二師団主力を遼中りょうちゅう、牛荘、営口えいこうの線から盤山ばんざんへ前進させる。
  ロ.これに対し、錦州正規軍が兵力を増強して匪賊の活動を支援する形勢となりつつあるとの口実の下に、北寧線を使って混成第三十九旅団を打虎山だこさん(大虎山)付近へ前進させる。
  ハ.その後、さらに種々の口実を立てて各部隊を大凌河左岸へ進めて敵陣地を攻撃する。
  ニ.第二師団の行動開始から攻撃準備の完了まで約二週間とし、その間に内地から増援部隊の到着を待つ」

 これを実行するために、内地から一個師団の増強を要請。取り分け衛生隊や輜重隊しちょうたいなど後方支援部隊や重砲隊の増強を求めた。
 その上で作戦の決行は大遼河が結氷する一月上旬が妥当と見通した。
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