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第十二章錦州

第十二章第十四節(茅野栄)

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                 十四

 関東軍のチチハル侵攻に記者十人を従軍させた朝日に比べ、大毎は完全に遅れを取っていた。だがさすがに陸軍が満洲への増兵に動いたとあって、遅まきながら記者たちの追加派遣に取り掛かる。

 戦後、毎日新聞社会部の有志たちで出版した『社会部記者・大毎社会部七十年史』という著書に、このような下りが出てくる。

 「十一月十九日午後四時すぎ、主幹・木戸元高が社会部長・徳光衣城とくみついじょうを呼んだ。
『事変はさらに拡大する。社会部から二名を特派すべし』の命令だった。席へ戻ると同時に徳光は遊軍席の茅野栄かやのさかえに声をかけた。
『キミ、今夜すぐ発って満洲へ行ってくれたまえ』
書きかけの原稿から頭をあげた茅野は一瞬複雑な表情を走らせた。……あわただしい出発だった。
 (中略)
  旅装を整え社に引き返した茅野を徳光は別室に呼んだ。もう一人の特派員横田高明よこたたかあきもいっしょだった。
『社会部員として特派されるのだから、君たちは尋常の働きではダメだ』
  そのためには①通信連絡に留意、敏速な報道を心がける。②時によっては勇躍前進しなければ虎児(特ダネ)はとらえられない。③特ダネを狙うためには他社の気付かない中心人物を握ること――の三箇条を徳光はきびしく二人に要求した」

 茅野栄は明治三十四(一九〇一)年岡山県琴浦町に生まれ、大正十五(一九二六)年東京商科大<現一ツ橋大>を卒業、東京日日新聞に入社した。社会部勤務を経て経済部に移った後、昭和五(一九三〇)年に十カ月間休職し欧米を私費旅行する。そして十一月から親会社の大阪毎日新聞へ、社会部員として復職する。
 茅野は命じられた通り、その夜横田とともに大阪発十時二十分の列車で奉天へ向かった。
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