風紋（Sand Ripples）～あの頃だってそうだった～

第十二章錦州

第十二章第三節（天津事件１）

　　　　　　　　　　　　　　　　　三

　嫩江ノンコウの闘いを契機とした北満の危機に加えて、錦州政府に使嗾された馬賊たちが出没－－。
　さらに続いて長城の南側にある天津てんしんにも、物情騒然となる事態が起こった。
　
　天津に駐留する「支那駐屯軍」、いわゆる天津軍の香椎浩平かしいこうへい中将から十一月九日未明、本庄繁軍司令官の許へ一本の電報が届く。

　「一、十一月八日午後十時、天津支那街に暴動起こり、支那街は目下混乱状態に陥れり。
　　二、我が在天津部隊は直ちに警備を下令し、日本租界外周の線を占領し以て租界を確保し萬一の事態に善処するの部署に就きつつあり。
　　三、軍の北平ほくへい、山海関さんかいかん、泰皇島たいこうとう、塘沽タンクーの各駐屯部隊も現在の兵力を以て所要の警備を実施（中略）
　　四、軍は天津兵変を以て支那の内政上の闘争と見做し軍は全然之に干渉せず。厳正中立の態度を採り、事件の推移を静観すると共に、苟も我が帝国及び国軍の名誉権益を侵害し我が在満官民の生命財産に迫害を加えんと企図するものに対しては、其の何れの軍隊及び民衆なるを問わず断然自衛権を行使し之を膺懲ようちょうする方針なり」

　軍隊の連絡は簡潔を旨とするが、これでは事件の概要がよく分からない。そこで外務省編纂の『日本外交文書』を見ると、天津発「第四八五号電」にこうあった。

　「八日午後十時前、華人街において掠奪りゃくだつが発生したとの連絡を受けた。十時半頃には南市方面（あるいは中日学院方面か）において銃声が聞こえ始めたため、当館警察は直ちに非常警備に就き、駐屯軍においては十一時半過ぎ頃、日華境界線への配備についた。
　　目下判明したところでは、往電四八四号の暴動が発生したと思われる。なお、公安当局からは十一時頃、東南城郭じょうかくにおいて日本軍が華人街へ発砲したとの報に接したとして真偽しんぎを確かめにきたが、そのような事実はなく、逆宣伝が飛び交っている」

　なるほど軍の報告よりはやや輪郭をつかめたが、肝心の「四八四号電」が採録されていないため、暴動が何故起こったのかは分からない。
　では新聞各紙はこの件をどう伝えたか－－。