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第十二章錦州

第十二章第四十一節(手術痕)

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                四十一

「トラックを出すから、君たちも一緒に乗りたまえ」
 軍の広井少佐が誘ってくれた。その日、錦州の街並みは残雪に白く染まり、静まり返っていた。ヒューっと一陣の風が冷たく吹き去った。
 二人はトラックの荷台に転がり込んだ。

 トラックは城外へ出ると、華人案内人が指す方向へまっしぐらに進んだ。
 やがて小遼河しょうりょうがを渡ると、てつく畑のうねに沿った道へと出た。それはもはや悪路というより道なき道であった。荷台の二人は手毬てまりのようにポンポン跳ね上げられたかと思えば、荷台へしたたかに叩きつけられた。
 そんなのが一時間も続いたのだからたまらない。とうとう村田が癇癪かんしゃくを起して、「歩いて行く」と言い出したかと思えば、ひょいと車から飛び降りてしまった。

 荷台の上から見る村田の姿は見る見るうちに離れていく。
 洸三郎はトラックの上から「オーイ、オーイ」と手招きしながら声を張り上げた。すぐさま車を停めてもらうと自分も飛び降り、村田の方へ駆け寄った。
「村田はん、辺りは匪賊の巣窟でっせ。どこから弾が飛んできてもおかしいことない。この上、僕らが捕まってどないします? 早く乗ってくださいっ!」
 そう言うが早いか、村田をムンズと掴んで肩に担ぎ上げると、まるで荷物か何かのようにトラックの荷台へ放り投げた。
 トラックはふたたび悪路を疾走し、やがてある部落へたどり着いた。

「あそこです」
 通訳の華人が指さした先には二、三軒の農家があるばかりだった。
 村田も洸三郎も無言のまま広井少佐の後に続いた。畑の上に白い布の袋に包まれたむくろが四つ置かれてあった。白い布からは所々、赤黒い血が染み出ていた。
「検視は錦州で行う」
 広井少佐はここで遺骸を確かめたいとはやる大毎の二人をいさめ、そのまま四個の死体袋をトラックへ積み込みんだ。その上から高梁コウリャンの殻をたくさん被せてまぐさのように偽装した。
 帰り道は再び悪路だ。荷台の上でポンポン跳ね上がる遺体を、洸三郎と村田もポンポン跳ね上がりながら押さえつけた。

 錦州の三関廟さんかんびょうへ戻って来くると、軍の関係者が大勢待ち受けていた。
 いよいよ検死だ。
 四個の死体袋が石畳の上に並べられた。

 最初の一個が解かれた。
 それは顔面をむごたらしく粉砕ふんさいされて原型をとどめていなかった。つぶれた顔面の上部に漆黒しっこくの頭髪だけがふさふさ生えていた。
 立ち会った軍人たちは手にしたハンカチで口と鼻を覆い、顔をそむけた。腹部はえぐり取られ、がらんどうになっている。人体として形をとどめるのは二本の足だけであった。それでも村田と洸三郎は確信した。
「茅野だ……」
 足首に残った関節リウマチの手術痕が雄弁に物語っていた。それは茅野の厳父から予め聞かされていた身体的特徴であった。二人は足首だけとなった茅野に失望し、ただ呆然ぼうぜんと立ち尽くした。
 
 軍医と検死官による検視が終わり、遺体をひつぎに入れる段となった。
 体の水分が抜けきりミイラとなった遺体は、思いのほか軽かった。

「人間いつかは死ぬ運命にあるが……、こんな姿になって死ぬのはいやだなぁ」
 かつて茅野であったはずの亡骸を持ち上げながら、洸三郎は誰へともなくつぶやいた。
 
                                   風紋(Sand Ripples)第一部 了
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