上 下
266 / 466
第十二章錦州

第十二章第一節(満期除隊)

しおりを挟む
                第十二章

                 一

 三月になると学生たちが卒業シーズンを迎えるのと同様に、軍隊においては十一月二十五日をもって満期除隊の日となる。職業軍人を除いて兵役は二年制だから、内外を問わずにこの頃になると、「モサ」と呼ばれる二年兵たちは娑婆しゃばへ戻る日を指折り数えだす。

 ところが今は非常時だ。
 そこで除隊の迫った兵卒の扱いをどうするかが問題となった。何はともあれ、先ずは事変の初っ端に鴨緑江おうりょくこうを渡ってきた朝鮮の混成第三十九旅団を急ぎ原駐地へ戻さねばならない……。

 そこで白羽の矢を立てられたのが、折しも満州を視察中だった軍事参議の白川義則しらかわよしのり大将だった。
 第九章「北満経略」のところでも触れたように、白川大将は大正十二年から三年間、関東軍司令官を務めた経歴を持つ。しかもその在任中、満州の二年兵が満期除隊で内地へ帰還した折も折、郭松齢かくしょうれいの兵変が起こって対応に難儀した苦い経験もある。
 そうした経緯を踏まえ、この問題を相談するにはまさに“うってつけ”だったのだ。

 すでに関東軍と“膝詰め”の議論を戦わせ、現地部隊の意向を把握した白川大将は、随伴の今村均作戦課長とともにその内容を「意見書」にまとめ、南次郎陸相と金谷範三参謀総長へ送付した。
片や大将より一足早く帰京した今村課長は十月三十一日、参謀本部内で現地報告会を開いた。その席上、兵力増強問題に関してこう述べている。

 「時局が現在以上に発展する場合には大なる兵力を要するものの、現在の情勢であるならば部隊の増加は必ずしも希望しない。むしろ定員の増加もしくは内容の充実を希望する。例えば満期除隊を延期するとか、初年兵の教育を内地で行うなどだ。
  新兵器の増加も必要ない。(鹵獲品には我が方よりも極めて優秀な兵器が多数ある)
  (中略)
  また治安維持に関する新任務の付与は目下のところ必要ないと考えている。すでに帝国政府が縷々るる発した声明にもある通り、治安維持は事実上、関東軍において実施されている。この際はむしろ、軍の行動にもっと自由な余地を与えてもらいたい」

 意見書を読んだ陸軍中央は、「やはり軍事参議から直接話を聞きたい」と視察途上の白川大将を急遽きゅうきょ呼び戻し、協議を重ねた。そうして十一月七日の閣議を経て決まったのが、次の諸策である。

「一、朝鮮から派遣した一個旅団を原駐地へ帰還させる。
 二、その交代として内地から同数の部隊を派遣する。
 三、在満部隊の除隊期日を明年三月まで延期する。
 四、本年入営すべき第二師団の新兵は内地で教育し、独立守備隊の初年兵は満州現地で教育する」

 すぐさま青森歩兵第五、弘前歩兵第三十一、秋田歩兵第十七、秋田・山形歩兵第三十二の各聯隊から各一個大隊と、騎兵第八聯隊の一個中隊および野砲兵第八聯隊一個大隊を集めた「混成第四旅団」が編成され、十一月十四日の午前、各原駐地を出発。一路満洲へと向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鈍牛 

綿涙粉緒
歴史・時代
     浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。  町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。    そんな男の二つ名は、鈍牛。    これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

局中法度

夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。 士道に叛く行ないの者が負う責め。 鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。 新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

処理中です...