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第十一章調査員派遣

第十一章第三十四節(境界線2)

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三十四

 アバス通信の報道は、三十日付の電通電が「日本の軍部は『錦州・山海関(を旧政権下に置くと言うの)は奉天省内で満蒙に旧政権の存在を許すべからずとする根本精神に反する』など五項目を挙げて中立地帯案に反対している」と報じたのを受けたものと思われる。

 錦州を巡る現地の事情は次章のテーマだが、顧維鈞こいきんの「中立地帯案」が奉天の関東軍司令部へ伝わったのは、二十八日の晩。陸運省の杉山元次官からの電報によってであった。
 次いでこれに対する軍中央部の方針は、三十日付の電通電を通してやっと知り得たのである。これを受けて本庄司令官は十二月一日、二つの理由かを挙げて同案への反対意見を参謀本部へ具申した。

 一つは錦州軍が撤退の条件に挙げた「中立地帯の行政権を錦州政府側が掌握する」との事項--。
 これでは奉天省の一角を分割するかたちとなる。過去の経験に照らしても、このようなかたちで軒先を貸せば、「将来に多大なる禍根を残す」のは自明の理だ。
 また、「(満洲における)懸案の解決に列国干渉の前例をつくり、軍の行動を束縛して新政権や満蒙政府樹立の動きに動揺をきたす」ことになる。

 これに返して参謀本部は、「まったく貴見(本庄の意見)に同意であり、努めて速やかに該地域を新政権の支配に帰する必要を認める」と賛意を呈した。
 ただし、だ--。

 「露骨にこれを提示、要求すれば、『九カ国条約に抵触する』との口実を相手に与えてしまい、国際(関係)上おもしろからぬ結果を招く」

 あくまで国際政局への目配りから、撤兵の条件交渉には「新政権」ではなく「奉天省の地方行政機関」という玉虫色の表現を使うべきだということだった。 
 つまり軍部の意図はアバスが報じた通りである。だが表面上はそうは言っていない。

 「奉天省の行政機関」という文言を、民国側が「旧政権」と解釈するなら勝手にそうすればいい。日本側はあくまで「新政権」と解釈し、これへ行政権を委ねるという“白でもなければ黒でもない”、玉虫色の態度でことをやり過ごせと言ってきた。

 だがそれでは国際的に通用しないから、陸軍と外務省当局が調整した上で十二月五日、「行政権」に関する民国側の条件へ五項目の協定案を提示して、実質的に反対の意を表明したのだった。

 「一、山海関以東は奉天省の県行政機関(地方警察を含む)に執務させ、(錦州政権の)政治および軍事機関は交渉成立後一週間以内にすべて山海関以西へ撤退し、以後如何なる民国軍も長城以東へ進出させない。
  二、在満日本軍は河北方面における日本人が生命財産の危機に瀕した場合、小遼河以西の地域を通過する権利を有する。
  三、小遼河以西の地域が治安紊乱に瀕した場合は、その都度日華双方において対処を協定すること。
  四、本協定に関し民国側と連絡のため、錦州その他の要所に日本軍代表者を派遣すること。
  五、本協定は満洲問題の総括的解決が図られるまでの地方的便法とする」
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