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第十一章調査員派遣

第十一章第二十九節(スチムソン失言問題3)

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                二十九

 ところで、大誤報を流した当のAP通信はと言えば--。

 二十八日、ワシントンのバイロン・ブライス支局長の署名入りで「問題となったスチムソン談話について、APは同氏に責任を帰するものではない」と、事実上同社の誤りを認めた。
 これによって世間を騒がせた「スチムソン談話」なるものが、まったくの作り話であったことが明らかとなった。
 ところが今度は、長官が発した談話そのものが問題となって、軍部の怒りを買った。
 
 「幣原外相はフォーブス大使を通じて、同外相および陸軍大臣、参謀総長がともに錦州への敵対行動を取る意図はない(中略)と語った」

 スチムソン長官が“うっかり”発したこのコメントを通して、外相が軍の作戦にかかわる機密を外部へ漏らしたという事実が判明した。軍部の側ではコメントの趣旨よりも、そちらを放置しておけなかったのだ。

 二カ月前には舌鋒鋭く軍部を突き上げた幣原外相だが、事変の背景にあったのが彼の「失政」であったことに世間も気づき始めた。すっかり軍部寄りとなった国民の支持を失い、彼の威光はもはや風前の灯といった感を否めなかった。

 その彼は二十八日、フォーブス大使を呼びつけ正式に抗議をした。彼としては軍部のやり玉に挙げられたこと自体はともかくも、不用意な情報漏洩が錦州方面の中立地帯交渉に悪影響を及ぼす恐れがあると、注意を促す趣旨だった。一触即発の状況下、発言にはくれぐれも注意して欲しい--。

 まるで以前、彼自身がジュネーブの芳澤から言われたセリフそのものではないか。
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