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第十一章調査員派遣

第十一章第二十八節(スチムソン失言問題2)

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                二十八

 当然のことながら、この発言に日本の軍部と外務省が噛みついた。
 幣原外相はワシントンの出渕勝次でぶちかつじ大使へ宛て、国務長官がこのような談話を記者に語った経緯と、談話の正確な内容を早急に報告するよう命じた。
 しかも出渕大使の報告が届く前に、“外務省スポークスマン”の名でスチムソン長官を手厳しく非難するコメントまで発表した。

 予想に反する日本側の反応に驚いたスチムソン長官は、「決してそのようなつもりはなかった」とばかり、長官自ら記者団へ向けて話した談話の速記録を公表した。その内容は次の通りとなる。

 「十一月二十三日、本職は在東京のフォーブス大使を通じて幣原外相に、日本軍が錦州近郊への攻撃を準備しているかのような印象を与える報道に接し、非常に心配していると同時に、報道には何ら根拠がないことを心から望む旨を伝えた。翌二十四日、幣原外相はフォーブス大使を通じて、同外相および陸軍大臣、参謀総長はともに錦州への敵対行動を取る意図がなく、軍の命令もこの方針に沿って発令されたと語った。それを踏まえるならば、本庄司令官の軍が報道にあるような行動を取るとは信じがたい」

 速記録の内容と報道された“声明なるもの”がこうも食い違うのだから、当然のこととして「誰がいったい事実をねじ曲げたのか--」という話になった。

 出渕は二十七日の記者会見に出席した記者へ接触し、事情を聞きとった。すると記者は、「長官の発言は速記録の範囲を出ていなかった」という。そのほかにも諸々集めた情報を総合して出渕は、APの報道が「部分的にスチムソン談話の趣旨を伝えているが、大部分がAP記者の想像もしくは観測を述べたものに過ぎない」と結論づけた。
 とくに記事の核心をなす次の部分は、悪質と言わざるを得ない。

 「一、日本の錦州占領は旧奉天政権による満洲支配への由々しき打撃となる。
  二、日本軍の攻撃により米国政府は日本が一切の国際条約を侵し、満州を完全に領有しようとするものであると認めざるを得ない。
  三、日本軍が満洲の都市を攻撃する都度、日本政府は遺憾の意を表して今後このようなことを繰り返さないと表明するが云々」

これらのくだりには国務長官の名すら引用しておらず、完全に記者の“創作”によるものだ。結論として彼は、「APの報道ははなはだしく不正確だ」と断じた。

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