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第十一章調査員派遣

第十一章第二十七節(スチムソン失言問題1)

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                二十七

 極東とヨーロッパの険悪なムードは、ひょんな出来ごとからワシントンにまで伝播してしまった。

 十一月二十三日配信のAP通信記事が、「日本軍は錦州攻撃を準備中」と報じた。出所でどころは不明だが同じころに「日本軍が再び錦州を爆撃」などの報道も乱れ飛び、輿論を掻き立てた。
 そうしたこともあって、これまで比較的日本の立場に理解を示し、中立的立場を取り続けてきたスチムソン長官が、初めて感情を露わに日本側を非難したと報じられた。

 十一月二十八日付の新聞各紙は、聯合通信からの配信として次の記事を掲載した。

 「米国政府は満洲の日本軍が天津の事態を理由に大部隊を錦州方面に向かって派遣したとの情報に接し、日本軍がいよいよ錦州の奉天軍を攻撃する企図を固めたものと認めた。
  満洲の事態に関する日米両国政府の今日までの友誼的ゆうぎてき折衝の経過をかんがみるならば、錦州方面の事態は極めて重大な岐路となる。『こうなってはもう平和的解決の最後の希望も無に帰すだろう』とするスチムソン国務長官により、米政府はいよいよ非常手段を取ることになった。
  すなわち、長官は満洲の事態に関して最近、日本政府との間に極秘を条件に行った意見交換の内容を公表し、正否の判断を世界の輿論に訴える態度に出たのである。同長官が意を決して日本政府との交渉経過をぶちまけたところによれば、『日本政府はわずか三日前に米国政府に対し、文書を通じて日本は錦州攻撃の意思がない』と誓約したにもかかわらず、日本軍はその言葉の未だ渇かないうちに自ら誓約を破り、錦州政府へ攻撃を仕掛けようとしているのだ。このことは、日本の誓約が信頼するに足らないことを示すものである。
   米国政府が特に日本軍の錦州攻撃を重視した理由は、次の二点によるものである。

 一、日本の錦州攻撃は旧奉天政権に致命的な打撃を与えることになる。
 二、米政府から見て日本軍の攻撃は、日本が一切の国際条約を侵して満州を完全に支配下に収めようとする意図の表れであると認めざるを得ない」

 この記事は、スチムソン国務長官が二十七日記者団を前に発した談話が元となっている。APはその談話として次の記事を掲げた。

 「九月十八日の事変以来、日本軍が満洲で行っている活動を、米国政府が疑惑の眼で見たのは今回が初めてではない。事変の当初から東京政府は米国政府に対し、日本は何ら侵略的意向を有するものでないと公言し、単に日本の権益防護上に必要な程度の進出をなすものにすぎないと主張してきた。
  しかも満洲の都市が漸次日本軍の攻撃に遭い、その内のあるものは実に満鉄沿線より数百マイルも離れた場所で行われたのだ。日本政府はその都度、遺憾の意を表し、今後このようなことをくり返さないと声明した。
  米国政府当局は最初、これは単に政府の完全なる統制下に置かれていない軍部の一部が“やり過ぎた”ものとの印象を得た。しかし日本政府は三日前、文武両当局により極めて明白な確約をしたのである。米国政府は今日に至るまで、平和に対する進ちょくが図られつつあると信じてきた。
  去る二十三日、スチムソン氏は日本軍が錦州を攻撃する恐れがあるとの報道を受けるや、日本政府へ向けて万一そのようなことがあれば米国政府の忍耐は最早もはやその極限に達するであろうと警告し、錦州方面への進撃は今日パリ会議で進行中の和平交渉を決裂させることになると注意を促した。
  これに対し幣原外相は二十四日、『日本は錦州方面への進出を行う意思なし』と回答した。こうして幣原外相は日本政府が満洲の日本軍司令官に対しその趣旨に沿った命令をすでに発令したと言明したのである」
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