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第十一章調査員派遣

第十一章第十八節(前触れ)

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 聯盟調査員に関する日本政府の回訓を待つ裏で、民国側が規約第十五、十六条などへ訴え出ようとしていたのは確かだ。
 だが「それを不利と見た」とか、見なかったとかにはまったく関係なく、視察員派遣案は二十一日の公開理事会に際して日本代表部から公式に提起された。

 施肇基代表はすぐさま、「視察員派遣には反対しないが、議論の間も即時撤兵と戦闘行為の休止を強く求める」とけん制したが、これに同調する者はいなかった。残るは「決議案」の作成のみ。小さな一歩だが、理事会は確かなあゆみを踏み絞めた--かに見えた。

 ところが現実とはつくづく皮肉なものだ。ようやくここまでたどり着いたのも束の間、話は三度みたび振り出しへ戻りそうな事態が起こった。
 二十日付の一部新聞が「日本軍は錦州への攻撃を準備中だ」と報じ、再び輿論を硬化させた。芳澤、松平、吉田の「三大使」にとっては“寝耳に水”のこと。まさに一難去ってまた一難だった。

 報道はどうやら事実のようだった。
 ハルビンへ出張中の二宮参謀次長から発せられた現地報告は、フランス駐在武官の笠井平十郎かさいへいじゅうろう少将の許へも転電されてきた。

 「張学良軍が錦州方面へ続々と軍用列車を送り兵力を集め、一部は新民屯しんみんとん西方地区へと進出している」

 錦州はこれまでも張学良軍の策源地さくげんちとして機能してきただけに、こうした動きが満州の治安に深刻な不安を及ぼすのは必定ひつじょうだ。当然、日本軍はこれに対処すべく何らかの作戦に出るものと見られ、極東の空気はまたぞろこわばった。
 
「たいていこうした報道が出てくるのは、日本軍出動の前触れを意味する」
 日本叩きの良い口実を見つけたとばかりに触れ回ったのはもちろんこの人、施肇基しちょうき博士だった。
 表面だけをみるならば、なるほど確かに彼の言うことは正しい。だがその場合は、“常に”テーブルの下から足蹴りを繰り出してくるやからがいるのを忘れてはならない。

 だから芳澤、松平、吉田の三大使は、そもそもの元凶がんきょうである張学良軍の動きを止めるのが先決だとして、本省へ向け「ブリアン議長に依頼して民国側へ遼西方面への兵力集中を止めるよう勧告してもらってはどうか」と請訓した。
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