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第十一章調査員派遣

第十一章第十一節(外交戦術)

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                 十一

 理事会へ広がった険悪なムードを断ち切らんと、芳澤は是が非でも「調査員受け入れ案」を実現しようと請訓を重ねた。
 だが喉から手が出るほど欲しいものほど、イザという時には手が届かないものだ。案の定、請訓への返答は待てど暮らせど返って来なかった。

「誠に遺憾に堪えないが、理事会としてはもはや民国側の要求を拒否し得ない形勢になってきたと言わざるを得ない」
 十九日の朝、ドラモンドはとうとう杉村へ向けてさじを投げるような言い回しで通告をした。
 今回の理事会はあくまで「規約十一条」に基づく協議であり、聯盟が有する権限は「当事国への勧告」までとなる。だがそれによる解決の見込みが覚束なくなってきたので、十月理事会の後半あたりから民国側は「規約十五条」および「規約十六条」、すなわち聯盟による直接介入に訴え出ようとしはじめた。

 片や聯盟側にしてみればそのような強硬策には前例がなく、また加盟各国も世界大恐慌のあおりを受けて余力がない。おまけに翌年には軍縮交渉を控えており、これ以上の“重荷”を背負いたくないのが本音だ。
 だからこれまで施肇基しちょうき代表が新たな規約に基づく提訴をちらつかせてくるごとに、極力これを押しとどめてきたのもまた事実である。

 だがこの日のドラモンドは、このまま事変が北満へと拡大し、さらにとめどなく混乱が広がるならば、その防波堤もいよいよ決壊せざるを得ないと警鐘を鳴らしてきた。
 問題はそういうドラモンドの言葉を字義どおりに受け取ってよいかどうか……だ。
 事実、彼は続けてこう言った。

「民国側は調査の範囲を満州のみに限定したく、日本側はこれを大陸全土へ広げたい意向ですね……。だがもし十五条が適用され、調査団の性格がこれに基づくものとなったなら、規約上すべての手続きを六カ月以内に完了せねばならないとの制約がかかります」
 ドラモンドはそこまで言うと、杉村へ狡猾な視線を投げて寄越した。
「果たして、ご希望に沿う調査を行うだけの十分な時間を取れますことやら……」

 つまりは現地調査が期限に拘束されないよう、日本側から自主的に視察員派遣を提案すべき--と圧力をかけたのだった。
 いったい彼の話はどこまでが本当に聯盟の窮状で、どこからが単なる外交戦術なのか--。容易に判別はつかなかった。
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