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第十章昴々渓・チチハル

第十章第二十二節(停止)

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                二十二

 満鉄本線に対して洮昴とうこう鉄道を培養線ばいようせんと言う。区間はその名の通り、洮南とうなんから昴々渓こうこうけい駅までで、この先、現在のチチハル駅に当たる龍江りゅうこうまでを支線の斉克さいかつ鉄道と呼んだ。なお昴々渓こうこうけいの駅は市街地から七・二キロも南東にあって、龍江もチチハル旧市街の二キロ半ほど東側に位置した。
 このため昴々渓の市街と旧斉斉哈爾駅を結ぶ現地資本の斉昴さいこう鉄道が、斉克鉄道と並行するかたちで走っていた。また東支鉄道は昴々渓からハルビンを経て綏芬河すいふんがへいたる本線と、斉克線の楡樹屯ゆじゅとんにつながる支線の二手に分かれていた。

 この昴々渓と楡樹屯をつなぐ支線を越えたあたりで、「止まれ」の号令がかかった。
 頭站とうたんを出てから二時間が経過したが、直線距離にして六キロ半の行程だ。完全武装に予備の武器弾薬、その他携行品を携えての行軍だったことを考慮しても、いささか遅れ気味と言わざるを得ない。
 陽はすでに西へ傾きかけている。

 停止とともに聯隊本部がざわついた。
 しばらくして前衛隊の大隊本部から伝令が走り寄ってきた。それを遠巻きに見ていた洸三郎は、伝令が再び前線へ戻るのを待って大島陸太郎おおしまりくたろう聯隊長に理由わけを聞いた。

「何かありましたん?」
 軍は常に機密を保持しながら行動している。仮ににべもなくあしらわれたとしたならば、縦隊の行く手に何か不測の事態が生じたことを意味する。
「うむ。前方、楡樹屯ゆじゅとんで敗残兵を掃討しておる」
 大島聯隊長は拍子抜けするほどほがらかな表情で状況を説明してくれた。洸三郎はほっとした半面、記者として何か期待を裏切られたような気がした。その期待感とは従軍記者としての功名心を満足させる、よこしまな衝動であった。
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