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第十章昴々渓・チチハル

第十章第十七節(敵襲4)

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                十七

「どうしたっ!?」
 堀上等兵が内山へ声をかけた。
「敵が……、敵が隣の家屋に火を放ちだしました」
 
 強風にあおられた火の回りは早かった。内山の説明をまつまでもなく、煙が屋内に入り込んできた。
 水口主計と岡村主計が何やら相談しはじめた。
「仕方ないから重要書類は焼却する」
 全滅を覚悟した指揮官の指示である。水口主計は意を決した口調で言うと、屋内の全員を見渡した。
 残ったのは九人。水口主計は右手の使えなくなった片桐と堀上等兵、後藤、中山の三人を呼び寄せた。監視隊とともに銃をとって戦った酒保商人の二宮、大西はすでに憤死していた。

「お前たちは敵に対抗する武器を持っていないから、できるだけ早くこの場を逃れて聯隊長に状況を報告しろ」
 水口主計が悲壮な声で命じると、後藤は「自分はまだ十分に戦えます。どうぞ自分に小銃を与えてください」と懇願した。しかしもはや、ここには人数分の銃がない。誰も自分の銃を手放そうとはしなかった。
 水口主計は残りの監視隊員を見やり、「我々は最後の一人まで戦い抜く」と言った。
 右手の使えない片桐は悔し涙を流したが、引き金を引けない身ではどうすることもできなかった。

「さあ、早く行け!」
 水口主計が四人の尻を叩いた。堀と片桐がまず煙を潜って外へ飛び出した。敵はそこを狙って銃弾を集中させた。機関銃を含め、何十もの銃先つつさきから一斉に銃弾が発せられた。
 二人はその場へ倒れた。倒れた後も射撃は止まず、何十発もの銃弾が二人の身体へめり込んだ。

 後藤と中山は慎重に家屋かおくから這い出すと、道路のくぼみに沿って敵の死角を見極めながらゆっくりと進んだ。もう少しで敵の重包囲を抜けられそうなところで、中山の動きが止まった。片桐はそれに気づかず十メートルほど先へ進んだ。片桐と中山の距離が開いた。中山は一向についてこない。

「おい、どうした。早く来い」
 振り返って声をかけたが、中山は地面にうっぷしたまま動かない。
「何だ、ここまで来て臆病風に吹かれたか」

 仕方がない。片桐は中山の許へ取って返した。
 数メートル手前まで近づくと、中山の鉄兜から鮮血がしたたり、地面へ染み込んでいるのが見えた。後頭部にポツンと穴が開いていた。
 死というものがあまりにざっくばらんに近寄ってきた。急に水口主計や監視隊のみんなのことが気になった。
 考えると前へ進めなくなった。
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