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第十章昴々渓・チチハル

第十章第十五節(敵襲2)

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                十五

 向かいの屋根に機関銃が据えられ、猛烈に撃ち込んできた。
 こちらも銃眼から短機関銃で応戦したが、敵の勢いは抑えられなかった。そうする間も迫撃弾は頭上から降ってくる。

「やられたっ!」
 軽機関銃手の片桐が、右手を押さえてその場にひっくり返った。
 手首から先が鮮血にまみれている。
「三郎、どこだ! 指か。下へ行って養生ようじょうしとけ」

 敵の弾は片桐の右指を吹き飛ばしていた。
 装弾手の志田が叫ぶや銃を引き取った。片桐は徳三郎とくさぶろう、志田は正三郎しょうざぶろう--。ともに新潟県三島郡みしまぐんの出だが、片桐は漁師町の寺泊てらどまり、志田は山間部の生まれだから、いわば海彦と山彦である。同郷のよしみもあって、二人は互いを「三郎」と呼び合い普段から兄弟のように接してきた。

 射撃不能に陥った片桐は干し草の山から下り、志田が代わって引き金を引き続けた。
 ほどなくして敵弾が機関銃の二脚を破壊したので、仕方なく地物じぶつを使って銃身を支えながら射撃を続けた。小銃を持った者は盛んに遊底ゆうていをスライドさせ、引き金を引く動作を繰り返した。
 須藤工長は相変わらず手榴弾を投げつける。攻防は三、四十分続いたろうか。

 敵との距離はジリジリ縮まってきた。
 もはやこれまでかと思ったとき、上空彼方かなたからエンジン音が聞こえた。屋内の守備隊は安堵の息を漏らした。
 友軍機は敵の上空まで来ると急降下し爆弾を落とす。大きな地響きがして黒い煙と土砂が舞い上がる。屋内に「ワッ」と歓声が上がり、敵が右往左往するのが見えた。向かいの屋根の敵もいつの間にか姿をくらました。飛行機は再び旋回して近づいてくる。敵の銃先つつさきは監視隊がこもる家屋から上空へと転じられた。

 取り留めのない小銃射撃が続くなか、友軍機は果敢に急降下してくる。敵の射撃が止まる。少ししてまた地響きがする。実に痛快だった。
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