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第十章昴々渓・チチハル

第十章第二十節(従軍)

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                二十

 左翼追撃隊の尖兵となったのは歩兵第四聯隊だった。洸三郎ら報道陣は、これに従軍を許された。

 事変当夜における南嶺なんれい寛城子かんじょうしの戦いで十九人の戦死者と負傷者二十一人の損害を出した仙台第四聯隊だが、今回の戦闘では最も損耗そんもうが少なかった。

 第二師団司令部とともに大興だいこうから後衣拉巴ごいりは昴々渓こうこうけいへと移動してきた洸三郎は、あり合わせの木綿の肌着を何枚も重ね、ネルのシャツのボタンを苦心して閉めた。すでにパンパンではちきれそうだったにもかかわらず、さらにその上から毛糸のセーターを着こみ、ジャケットを羽織った。黒いオーバーコートに袖を通すと、ほとんど身動きが取れなくなった。

 今回の従軍も、写真班石川忠行いしかわただゆきとのコンビで行動した。
「まるでダルマじゃのう。ハハハハ」
 お互いにそう言って笑い合った。当座の食糧品などを詰め込んだ大きなリュックを持ち上げようとしたが、とてもひとりでは背負えなかった。
 石川に手伝ってもらい、何とか肩ベルトに腕を通した。

 オーバーコートの襟を立てるとソフト帽のツバが邪魔になる。内地からずっと被ってきた帽子はすでにヨレヨレだ。石川にナイフを借りて、前だけを残してすべて切り落とした。言うなれば中折れ帽で野球帽を作ってしまったということになる。
 外へ出る前、顔面をすべて厚い布で覆い、外気にさらす部分を極力減らした。何しろ外は零下三十度を下回る世界なのだから。

 「三寒四温さんかんしおん」の四温が終わり、猛烈な寒気が襲ってきた。
 さいわい外は晴天だったが、凍風いてかぜが横殴りに叩きつけてくる。寒暖計は零下三十五度を指していたが、体感温度はさらに低く感ぜられた。指先とつま先からどんどん体温が奪われていく。寒いとか冷たいではない。痛いのだ。
 広大な平原を、冬将軍だけが縦横無尽に飛び回っている。兵士たちは誰一人として口を開こうとしない。洸三郎も何もしゃべらない。と言うよりもしゃべれなかった。しゃべれば生命の危険を感じた。
 耳、鼻、口はとても露出できないが、目だけは出せる。五感をつかさどる機関の中で目が一番強いのだろうか? そんな事を考えて歩いていたら、強風に吹き飛ばされそうになった。
 
 そんなこんなで洸三郎と石川は午後二時、三間房と東支鉄道とうしてつどうの中間に位置する頭站とうたんを出発した
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