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第十章昴々渓・チチハル
第十章第三節(回答期限)
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三
待望の橋梁修理が十三日の朝、ついに完了した。
午前九時頃には白煙を吐きながら第一列車が大興駅へと到着した。
「橋梁の修理が完了すれば撤兵する」--。
当初の約束はそうだった。だが予期に反して黒龍江軍との間に武力衝突が起こり、その後の情勢はなお一層きな臭くなっていった。
中央の命令に従って追撃を途中で切り上げた嫩江支隊は、大興および衣布気へ取って返して橋梁の修理に専念した。
だが密偵の情報によれば、黒龍江軍はいったん東支鉄道南側まで後退したものの、支隊がこれ以上追ってこないと知るや騎兵隊を大興の東北方約十キロにある烏諾頭站やさらに南の前官地、および張花園まで南下させ、側面から支隊へ襲い掛かる気配を漂わせているいという。
そこで本庄司令官は十日、嫩江支隊へ向けて「軍は依然機会を求めてこの敵を攻撃する企図を有す」と発令し、若松晴司中佐率いる騎兵第二聯隊を“積極的な敵情捜索”の任に就かせた。意味するところは、これらの部落にいる敵を駆逐せよということだ。
同時に三宅参謀長から中央の建川作戦第一部長へ宛てて軍の決意を表明する。
「芳澤大使は聯盟に対して、嫩江橋梁の修理が完成すれば我が軍は即時撤退するがごとくを言明したが、敵の暴挙によって二百人の犠牲を払った以上、馬占山が我が方へ誠意を示し嫩江橋梁を保護してかつ、洮昴鉄道を安全に運行するとの責任を負わない限り撤兵は絶対に不可能だ」
軍司令官の含意を忖度した若松騎兵隊は十三日、烏諾頭站を占領してさらに一部を東方約八キロ先の新立屯へと進ませた。
この日の前進は優勢な敵の逆襲を受けて失敗に終わったものの、若松中佐は翌十四日朝、砲兵の支援を受けつつ再度主力をもって攻撃を仕掛け、ついに敵の騎兵約五百騎を蹴散らした。
同じ頃、奉天の本庄司令官のもとへ東京の南陸相から、馬占山に対する「和平交渉」の条件が示達された。司令官が十一日に突き付けた「馬占山は下野せよ」との要求が、内政干渉に当たるからまずい--という話だった。
政府は内外の情勢を踏まえて要求事項の表現を緩和するよう求めた代わりに、「もしこの要求を呑まなければ政府もチチハル侵攻を是認する」と言ってきた。
「一、馬占山はチチハル以北へ撤退し、昴々渓に集中した兵力を原駐地へ帰還させる。
二、馬占山は将来にわたり東支鉄道以南へ出動しない。
三、洮昴線の運航を妨害しない」
陸相の電報を引き継ぐかたちで参謀総長からも命令が下った。「臨参委命第三号」である。
「一、馬占山軍が我が方の提議を承諾し実行に移した場合、嫩江支隊は主力を鄭家屯以東へ集結せしむべし。
二、馬占山軍が我が提議を受諾しないかまたは、受諾しても実行に移さない場合には貴軍は自衛上必要と認める範囲で自主的な行動に出るべし。
三、詳細については追って参謀次長より指示せしむ」
この間も黒龍江省の情勢はなお一層険悪化し、林少佐と清水総領事は実質的に軟禁状態に置かれた。このため十四日には両名ともにハルビンへ引き揚げることとなった。従って日本政府の要求事項は在ハルビン黒龍江省政府委員張仲仁の手を経て馬占山へ届けられた。
その際、日本側は要求への回答期限を十六日正午と指定した。
待望の橋梁修理が十三日の朝、ついに完了した。
午前九時頃には白煙を吐きながら第一列車が大興駅へと到着した。
「橋梁の修理が完了すれば撤兵する」--。
当初の約束はそうだった。だが予期に反して黒龍江軍との間に武力衝突が起こり、その後の情勢はなお一層きな臭くなっていった。
中央の命令に従って追撃を途中で切り上げた嫩江支隊は、大興および衣布気へ取って返して橋梁の修理に専念した。
だが密偵の情報によれば、黒龍江軍はいったん東支鉄道南側まで後退したものの、支隊がこれ以上追ってこないと知るや騎兵隊を大興の東北方約十キロにある烏諾頭站やさらに南の前官地、および張花園まで南下させ、側面から支隊へ襲い掛かる気配を漂わせているいという。
そこで本庄司令官は十日、嫩江支隊へ向けて「軍は依然機会を求めてこの敵を攻撃する企図を有す」と発令し、若松晴司中佐率いる騎兵第二聯隊を“積極的な敵情捜索”の任に就かせた。意味するところは、これらの部落にいる敵を駆逐せよということだ。
同時に三宅参謀長から中央の建川作戦第一部長へ宛てて軍の決意を表明する。
「芳澤大使は聯盟に対して、嫩江橋梁の修理が完成すれば我が軍は即時撤退するがごとくを言明したが、敵の暴挙によって二百人の犠牲を払った以上、馬占山が我が方へ誠意を示し嫩江橋梁を保護してかつ、洮昴鉄道を安全に運行するとの責任を負わない限り撤兵は絶対に不可能だ」
軍司令官の含意を忖度した若松騎兵隊は十三日、烏諾頭站を占領してさらに一部を東方約八キロ先の新立屯へと進ませた。
この日の前進は優勢な敵の逆襲を受けて失敗に終わったものの、若松中佐は翌十四日朝、砲兵の支援を受けつつ再度主力をもって攻撃を仕掛け、ついに敵の騎兵約五百騎を蹴散らした。
同じ頃、奉天の本庄司令官のもとへ東京の南陸相から、馬占山に対する「和平交渉」の条件が示達された。司令官が十一日に突き付けた「馬占山は下野せよ」との要求が、内政干渉に当たるからまずい--という話だった。
政府は内外の情勢を踏まえて要求事項の表現を緩和するよう求めた代わりに、「もしこの要求を呑まなければ政府もチチハル侵攻を是認する」と言ってきた。
「一、馬占山はチチハル以北へ撤退し、昴々渓に集中した兵力を原駐地へ帰還させる。
二、馬占山は将来にわたり東支鉄道以南へ出動しない。
三、洮昴線の運航を妨害しない」
陸相の電報を引き継ぐかたちで参謀総長からも命令が下った。「臨参委命第三号」である。
「一、馬占山軍が我が方の提議を承諾し実行に移した場合、嫩江支隊は主力を鄭家屯以東へ集結せしむべし。
二、馬占山軍が我が提議を受諾しないかまたは、受諾しても実行に移さない場合には貴軍は自衛上必要と認める範囲で自主的な行動に出るべし。
三、詳細については追って参謀次長より指示せしむ」
この間も黒龍江省の情勢はなお一層険悪化し、林少佐と清水総領事は実質的に軟禁状態に置かれた。このため十四日には両名ともにハルビンへ引き揚げることとなった。従って日本政府の要求事項は在ハルビン黒龍江省政府委員張仲仁の手を経て馬占山へ届けられた。
その際、日本側は要求への回答期限を十六日正午と指定した。
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