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第九章北満経略

第九章第十三節(指揮権はく奪)

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                十三

 数時間後、「第一一八号電」で予告した通りに総長は照会への回答を「」のかたちで返してきた。

 「臨参委命第一号
  一、現下に於ける内外の大局にかんがみ、北満に対する積極的作戦は当分これを実施せざる方針なり。
  二、嫩江橋梁ノンコウきょうりょう修理掩護えんご部隊は最小限度にの任務を達成するため、の作戦行動を大興だいこう駅付近を通る線を占領するにとどめしむべし」

 戦闘における醍醐味だいごみは、追撃戦にある。
 戦線を離脱する敵の戦闘力はいちじるしく低下しており、面白いほど戦果を上げられるからだ。また弱体化した敵戦力へすかさず大打撃を与えることによって、その後の組織的反攻を封じ込め、戦況をより有利な方へと導けるとの意味合いもある。
 ところが総長は、嫩江のんこう支隊の部下将兵が“追撃”どころかまだ戦場で危機にひんしているさなかに、「追撃はするな。対岸の大興にとどまれ!」と頭を押さえてきたのだった。
 
 本庄の側も前もって奉天の林総領事を相手に「チチハルまで出動する意思などない」と公言していたくらいだから、追撃の制止異論があろうはずもない--。
 それは総長電を受けた三宅参謀長から、次の折り返し電を送っていることでも分かる。

 「総長のご指示に関しては当軍においても当初からその趣旨に沿うべく努力している。
  しかしながら、故意に攻勢に打って出ようとする敵に対し、単に掩護えんご陣地を占領するのみで満足すべきか、いったん敵を押し返したあとで掩護陣地へ戻るべきかはあくまで現地の部隊が軍の方針を踏まえつつ判断するものであり、その時々敵情や現地の地形によって自ずと変わってくる。関東軍といえども、そこまで細部にわたって指揮命令を下せるものではない。敢えて軍参謀を現地へ派遣したのも、それがためのことである」

 従って問題は、「全軍を統帥する天皇から委任された」との名目で絶対的に逆らえない命令を下してきたことにあった。それは、名実ともに関東軍司令官から指揮権をはく奪するに等しかったからである。
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