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第九章北満経略

第九章第八節(今村均大佐)

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                 八

 片や今村大佐の方はと言うと、二十三日の晩、板垣、石原、竹下、片倉の各参謀と特務機関の花谷少佐および、駒井徳三こまいとくぞう松木侠まつきたもつの両顧問を交えて料亭「金六」で意見交換をした。中央と関東軍の間に深い溝があることは、すでに誰の目にも明らかだ。よってこの際、双方の“本音”を出し合い“わだかまり”を氷解させようというのが、会合の目的だった。
 とは言っても子どものケンカではないから感情論がどうのということではない。満洲への「独立政権樹立」に関する意見のすり合わせが主題となった。

「大事なのは満洲に於いて日本の意の通りに動く政権をつくることであって、必ずしも民国政府からの“独立”にこだわるべきではない。満蒙の現状をうれえるならば、名目ではなく一日も早く“じつを取る”ことにまい進すべきだと思うが--」
 今村課長は中央の三段階論における、第一段階の実現を急げと発破はっぱをかけた。
「政権樹立の動きを加速させるなら、先ずは日本が国家としての意思表示をする必要がある」
 中央の意見そのものに反対ではないが、親日政権を担う満洲の要人たちは「いつハシゴを外されないか」とビクビクしている。竹下参謀はその事情に最も精通する者として、意見を述べた。
「いや、それはできない。もちろん日本が政権樹立の動きを水面下で援助する必要は認めるが、ことが表ざたになれば華人の反発を招くのは必定ひつじょうだ。それに第三国から要らぬ干渉まで受けることになる。何としてもそれは避けねばならない」
「だが何の保証も与えずに彼ら華人へ『清水の舞台から飛び降りろ』といったところで、そう簡単に事が運ぶものではない」
 今村課長が言う通り、日本が表立って満洲の問題に首を突っ込めば「内政干渉」とのそしりを受けるに決まっている。片や竹下参謀の言うように、「後ろ盾に日本がいる」との安心感を与えてやらねば、いつ旧政権が復活してきて手ひどいしっぺ返しを受けるか分からない。少なくとも彼ら「復辟ふくえき派」と呼ばれる旧清朝家臣らは、過去に何度もそうした“き目”を味わってきたのだし……。

 あちらを立てればこちらが立たず--。
 ここにもアンヴィバレントな状態が生まれ、議論はにっちもさっちもいかなくなった。

「だから、できるところから手掛けて先ず省政権を樹立し、次いでこれを統一して内外の情勢が好転するのを待って、最後に独立を果たすのが最も現実的なのではないのか」
「それならば最初から独立国家をつくるのと同じではないか」
 それまで黙っていた板垣がここを先途せんどとばかりに加わってきた。
「いや、違う」
「違わないっ……」
「国内や国際情勢を考慮して、ここは手っ取り早く新政権樹立で収めてもらいたい」
 中央の三段階論は結局のところ、外野がうるさいからいったんほとぼりが冷めるのを待つ。そうやって少しずつ目的へ向かうという、時間軸の問題である。だが板垣は「それこそは華人が得意とするやり方だから、やっても無駄だ」との考えに立っている。
「新政権樹立も建国と同じことだ。民国の主権の下での新政権では結局ダメであることは、これまでの経験が証明しているではないか」
「あるいは同じかもしれないが、中央においてはそうは理解されない。どうしてもと言うのなら、誰か上京してきて陸相や総長を説得したらどうなんだ」

 結局、話は堂々巡りの水掛け論に終わった。
帰りしな、板垣と石原は同席した松木顧問を相手に、盛んに今村課長をめ上げた。そうして祭り上げた上で、こうも言い足した。
「だが遺憾ながら、彼は大陸の実情を知らない」
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