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第九章北満経略

第九章第七節(中央統帥部)

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                 七

 驚くべきことに、中央が八日に決定した『時局処理方案』が関東軍の許へと伝わったのは、この会談の席上でのことだった。
 どこの組織にも見られることだろうが、中央なり本社なりというものは出先に向かって無暗むやみにもったいぶるものだ。意図するものが変に伝わって、独り歩きされては困るということなのだろう。だがそもそも『方案』自体が石原中佐の構想に触発されて策定する運びとなったのを考えれば、せめて仁義じんぎくらいは切ってもよさそうなものではないか。
 そう考えるなら、中央のこの措置はちょっと考えもの--と言わざるを得まい。

 あるいは“若い者”だったなら、「どうしていまの今まで黙っていたのか!?」と食って掛かったかも知れない。しかし本庄も大人である。それにさっきのひと言ですっかり白川に心を奪われてもいる。生来の“温厚な人柄”も手伝って、ことをこれ以上荒立てまいと思い直した。

「自分一個としては必ずしもここにある通りという訳ではないが、陸相からこんなものを預かってきたので、取り敢えずお渡ししておく……」
 そう言って老大将は懐から封書を取り出した。本日二つ目の伝達事項である。

 書面には、中央も「満蒙問題の解決」へまい進しているとの弁明が縷々るる述べてあった。加えて「今や国論は総じて軍部を支持し、及び腰の政府がこれに追随するかたちとなっている。りながら内外の情勢は依然楽観を許さないから、中央と出先は一層結束を固くして統制を保ちつつ大業たいぎょうの実現へ専念すべきである--」との趣旨がつづられていた。
 また、「ちまたには中央と出先、ないしはが図れていない--などの憶測が飛び交っている。軍の伝統と統帥の本義にかんがみ、そのような中傷など歯牙しがにもかける必要はないが、たとえ浮説ふせつと言えども、そのような言説が飛び交うこと自体が国軍の威信にかけてあってはならないことだ。軍人の行動はいかなる場合も上下の統制の下に行われねばならず、みだりに横でつながるような行為は厳に慎むべきである」とも。
 もちろん最後の一節が「十月事件」を指していたのは言うまでもない。

 「先走り」だの「独断専行」だのと関東軍ばかりが責められるが、中央の問題に切り込む声がないのは片手落ちだと、筆者は考える。
 中央への過度な権限集中は組織を硬直させる。有為転変ういてんぺん常なき戦況に即応せねばならない軍隊組織に対しては、時として不向きとなる場合がある。作戦遂行上、“統制”を欠いてはならないのは“言わずもがな”のことだが、重要なのはあくまで「状況にどう対処するか」なのだ。
 この点についてはもう少し説明を加える必要があるので、後にあらためて持論を展開することとする。
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