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第九章北満経略
第九章第三節(軋み)
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三
さて石原の構想が東京へ伝わり、次第に賛同者を増やしていくのと軌を同じくして、東京に「一夕会」や「桜会」といった“少壮”の青年将校グループが結成される。この辺りから関東軍と彼ら少壮将校が結託して事変を起こしたとの論が生まれ、今も後を絶たない……。
ともあれ関東軍が石原構想を基に「満蒙領有論」を練り上げたのと並行して、中央の側でも「満蒙問題の解決」に関する研究が進められた。
建川美次少将が監修した「昭和六年度情勢判断」(現物が残っていないので確認できないが)はこの問題を中心に据え、終局的に満蒙を領有する内容だったと伝えられる。ただし中央の“領有論”は「親日政権の樹立」⇒「民国からの独立」⇒「満蒙領有」という三段階を経るもので、緊迫する足下の状況に対応するには“隔靴搔痒”の感が否めなかった。
それでも幣原外交が目を背け続けてきた「満蒙問題の解決」に、陸軍中央が国策として取り組みだした点は意義深い。その後、今村均作戦課長なども加わって、さらに計画を周到に練り上げる。
半面、周到な計画となればなるほど、より多くの関係機関を巻き込んで根回しせねばならなくなるのもまた必然だ。閣議決定はもちろんのこと、対外的な宣伝には外務省との折衝も不可欠--という訳で、実施時期は早くとも翌昭和七年春以降と設定された。
不幸にも満洲の風雲は思いのほか急で、とても悠長に構えていられる余地はなかった。先ずここに、中央と出先の“すれ違い”が生まれることになる。
折しも、満洲においては萬宝山事件に続いて中村震太郎大尉の殺害が明るみに出た。この事件を巡って現地治安当局は言を左右にし、責任の所在を明確にしないばかりか捜索も一向にはかどらなかった。
警官殺しが重罪になる以上に、軍人への危害は軍の威信を冒涜するものとなる。業を煮やした関東軍は、装甲列車をともなう強行捜査に打って出ようと中央へ伺いを立てたものの、「ここで相手を刺激するな」とあっさり突っ返された。中央の周到な計画を実行に移すまでは、「何があってもじっと身を潜めておけ」との指示である。
本来なら殺害された中村大尉は参謀本部の身内ではないか--。
関東軍にしてみれば「その捜索を手助けしようというのに、この期に及んで尻込みしようというのか--!」と中央への不信を募らせた。この一件で石原は八月十二日、個人的に信頼を寄せる永田鉄山軍事課長へ書簡を送り、胸の内を明かしている。
「いかに有能なる中央当局と言えども第一線の事情を細部までご承知ないのは当然のことですから、なるべく第一線の意見を尊重し、その活動に任せられることが国軍のために最も必要と存じます。もし第一線の人物を信頼し難いとおっしゃるときは、すみやかに適当なる人物を配置されるのが満蒙の形勢上、目下第一の急務と存じます」
中央と出先--。
寄って立つ“立場”の違いに起因する軋みは、早くも音を立てていたのである。
さて石原の構想が東京へ伝わり、次第に賛同者を増やしていくのと軌を同じくして、東京に「一夕会」や「桜会」といった“少壮”の青年将校グループが結成される。この辺りから関東軍と彼ら少壮将校が結託して事変を起こしたとの論が生まれ、今も後を絶たない……。
ともあれ関東軍が石原構想を基に「満蒙領有論」を練り上げたのと並行して、中央の側でも「満蒙問題の解決」に関する研究が進められた。
建川美次少将が監修した「昭和六年度情勢判断」(現物が残っていないので確認できないが)はこの問題を中心に据え、終局的に満蒙を領有する内容だったと伝えられる。ただし中央の“領有論”は「親日政権の樹立」⇒「民国からの独立」⇒「満蒙領有」という三段階を経るもので、緊迫する足下の状況に対応するには“隔靴搔痒”の感が否めなかった。
それでも幣原外交が目を背け続けてきた「満蒙問題の解決」に、陸軍中央が国策として取り組みだした点は意義深い。その後、今村均作戦課長なども加わって、さらに計画を周到に練り上げる。
半面、周到な計画となればなるほど、より多くの関係機関を巻き込んで根回しせねばならなくなるのもまた必然だ。閣議決定はもちろんのこと、対外的な宣伝には外務省との折衝も不可欠--という訳で、実施時期は早くとも翌昭和七年春以降と設定された。
不幸にも満洲の風雲は思いのほか急で、とても悠長に構えていられる余地はなかった。先ずここに、中央と出先の“すれ違い”が生まれることになる。
折しも、満洲においては萬宝山事件に続いて中村震太郎大尉の殺害が明るみに出た。この事件を巡って現地治安当局は言を左右にし、責任の所在を明確にしないばかりか捜索も一向にはかどらなかった。
警官殺しが重罪になる以上に、軍人への危害は軍の威信を冒涜するものとなる。業を煮やした関東軍は、装甲列車をともなう強行捜査に打って出ようと中央へ伺いを立てたものの、「ここで相手を刺激するな」とあっさり突っ返された。中央の周到な計画を実行に移すまでは、「何があってもじっと身を潜めておけ」との指示である。
本来なら殺害された中村大尉は参謀本部の身内ではないか--。
関東軍にしてみれば「その捜索を手助けしようというのに、この期に及んで尻込みしようというのか--!」と中央への不信を募らせた。この一件で石原は八月十二日、個人的に信頼を寄せる永田鉄山軍事課長へ書簡を送り、胸の内を明かしている。
「いかに有能なる中央当局と言えども第一線の事情を細部までご承知ないのは当然のことですから、なるべく第一線の意見を尊重し、その活動に任せられることが国軍のために最も必要と存じます。もし第一線の人物を信頼し難いとおっしゃるときは、すみやかに適当なる人物を配置されるのが満蒙の形勢上、目下第一の急務と存じます」
中央と出先--。
寄って立つ“立場”の違いに起因する軋みは、早くも音を立てていたのである。
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