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第七章嫩江(ノンコウ)

第七章第十一節(軍使)

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                 十一
 
 小薗江おぞえ少佐が叫び、皆、倒れるようにその場へ伏せた。分隊長が全員の無事を確認する。銃声はなおも激しく鳴り、ピュンピュン--と流弾りゅうだんがいくつも長い尾を引いて、頭上をかすめていった。
 馬占山ばせんざん軍は関東軍が要求した地点へ撤退するどころか、第二鉄道橋の対岸に陣地を構え、機関銃を配置していたのだ。
 斥候せっこう班はやむなく後退した。

 江橋こうきょうへ戻ると工兵と将校が修理の見立てを報告した。修理作業にあたる満鉄技術者と大倉組の作業員が心配そうな面持おももちでそれを聞いていた。
 小薗江少佐は翌朝も二十三人からなる斥候を試みたが、結果は前夜と同じだった。ここで足止めを食らうのはかなわないと思っているうちに、支隊主力を乗せた列車が続々と到着してきた。その動きを察知したためか、馬占山軍の前哨部隊は間もなく陣地を引き払い、大興だいこう方面へ退却していった。

 濱本はまもと支隊長は三日午前、野砲兵第二聯隊第一大隊に命じて江橋の川べりに沿って砲陣ほうじんを敷かせた。その一方で工兵第二中隊を前進させ、橋梁の応急修理を命じた。砲兵は四日正午までに射撃の準備を整えた。
 工兵隊は落ちた橋に足止めを食らいながらきりの中を進み、午前三時頃には第五橋梁付近へ到着した。
 この日は早朝から嫩江ノンコウ一帯に濃い霧が立ち込めた。対岸の大興方面を望むが、視界はまったく閉ざされている。深い霧の向こうに馬占山軍が強力な陣地を構築しているはずである。
 こちらから向こうが見えないということは、先方からもこちらは見えない公算が高い。歩兵部隊の掩護えんごはないが、手を付けられるところから作業に取り掛かった。川幅が狭いので花井京之助はないきょうのすけ中隊長は、取りあえず板をつなぎ合わせた応急の仮設橋を渡し、掩護部隊の来援を待った。

 午前八時半を過ぎても霧は一向に晴れるきざしがなかった。
 閉ざされた視界の中で、歩哨が何やら叫んだ。対岸から線路を伝って何かが近づいてくるという。そのうちに乾いた音が規則正しくカタンコトンとやってきた。
 花井中隊長が線路道せんろみちに駆け上がり、双眼鏡を覗いた。霧の中にうっすらと影が浮かび、少しずつ輪郭が描き出されていった。
 モーターカーだ、と思ったところで影は止まった。背広姿の男たちと軍服姿の男が降りてきた。霧の中に何かが揺れた。どうやら白旗を掲げているようだった。
 
 花井大尉は双眼鏡越しにそのあらましを眺めた。チチハル特務機関の林義秀はやしよしひで少佐の姿が見える。背広姿はあと二人。軍服は黒龍江軍のもので、参謀のモールを付けている。恐らく馬占山ばせんざん将軍の軍使ぐんしであろう。
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