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第六章(十月理事会)

第六章第三十八節(十三対一)

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                三十八

 黒龍江こくりゅうこう省の馬占山ばせんざん軍を偵察中の日本軍機が、地上から射撃を受けたとして爆弾を投下した。民国側は再び、「日本軍がまた爆撃をしてきた」と提訴したため、ジュネーブの空気はさらに険悪化した。

 二十三日の公開理事会では、英国のセシル卿が「爆撃はいかなる点から見ても国際法違反だ」と日本をなじった。理事会はもはや、都市爆撃と敵対する軍隊への爆撃を区別しなかった。これでは芳澤がいくら奮戦しても、戦線の立て直しは不可能である。

 翌二十四日は泣いても笑っても理事会の最終日となった。
 よりによってこの日、東京発のロイター電が「日本政府はもし聯盟が条約尊重の原則を無視するならば、断乎だんことしてこれに対抗すべしとの趣旨を語った」と報じた。
 平時へいじならば、さほど問題にするようなコメントでもなかろうが、聯盟と日本政府の関係はいよいよ、「ことの次第では全面対決も避けられない」ほどに冷え込んでいる。予想通り、午前十時からの公開理事会に際してセシル卿は、「このおよんで聯盟批判か!」と日本政府を痛罵つうばした。

 聯盟と日本の亀裂きれつは、もはや修復のしようがなさそうである。芳澤は「当該記事については自分も遺憾に思うが、少なくとも自分から本国に対して聯盟批判につながるような報告はしていない」と弁明し、東京側の軽率けいそつな発言をけん制した。

 実はジュネーブの険悪な空気を何とかせねばとの思いは、独り芳澤のみが抱いていた訳ではない。
 ブリアン議長はこの日、東京のマルテル大使を動かして幣原外相へ「日本側は『留保りゅうほ』付きで理事会の決議案に賛成できないか?」と持ち掛けてきた。“形式”にこだわる聯盟理事会だから、にもかくにも「決議」というカタチを付けたい。その代わり、「留保」という“棚上たなあげ”の余地を残して、事情によっては決議を実行できない場合もあるという“すき間”をつくっておこうという腹づもりである。
 そんな裏技を好む幣原外相ではないから、マルテル大使の提案は東京で一蹴されるが、話はジュネーブへ持ち越され一応のことフランス代表部との間に折衝が持たれた。

 こちらの折衝も結果的にうまくはいかなかったが“鬼手仏心きしゅぶっしん”とでも言おうか、ブリアン議長が衷心ちゅうしんより問題の解決を願っていたよき表れとして、付言しておく。

 さて理事会は、休憩きゅうけいはさんで午後五時に再開された。
 いよいよ採決である。今回の理事会で、日本側に面白おもしろいことは何もなかった。結果は容易に察せられた。
 はたせるかな、日本へ期限付き撤兵を勧告する理事会案の採決は、「賛成十三、反対一」の投票結果となった。反対票を投じたのが日本ただ一国だったのは、言うまでもない。さいわいこの採決は、聯盟の「規約」にかかわる重要な決議であったため、「全会一致」を必要とした。

 わずか一票、それも実質的に“被告人席”にいる日本の一票によって、理事会案は否決された。まさに“首の皮一枚”といったところだった。
 最後にブリアン議長は、次回理事会の開催を「十一月十六日」と宣言した。
 
続く
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