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第六章(十月理事会)
第六章第三十七節(公開理事会)
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三十七
午後四時――。
ついに公開理事会は開かれた。ブリアン議長は両当事国を除いた各国理事たちで協議した基礎案を、淡々と読み上げた。そして芳澤には一瞥もくれずに、明日あらためて公開理事会を開き、当事国側から意見を聴取すると言って、閉会を宣言した。
議長が朗読した基礎案とは次の通りである。
「一、九月三十日決議において両国政府が約束した事項の再確認。すなわち、日本政府は日本人の生命財産の安全が確保される範囲内で速やかに軍の撤退を完了するとの日本側代表の声明ならびに、付属地外における日本人の生命財産の保護に対する責任を負うとの民国側代表の声明に注意を促す。
二、両国政府は事態の悪化を招く恐れのある一切の行動を差し控えることへの保証を与えること。すべての侵略的政策または行動を差し控えるとともに、すべての騒擾を終息させるよう適切な措置を講ずること。
三、日本が満洲において何ら領土的野心を持たないとの日本代表の声明に注意し、同声明が国際聯盟規約ならびに九カ国条約の規定に適合することを認める。
四、これら保証および約束の実行が両当事国間の正常関係回復に欠くべからざることを確認し、
(甲)理事会の次回会合前に撤兵が完了するよう、軍隊の鉄道付属地内への撤退を直ちに開始するよう日本政府へ要求する。
(乙)撤退地域接収のため同地在住の日本人の生命財産の保護を確保するための適切な措置を採るよう民国政府に要求し、その目的のために任命される漢人官憲に他国の代表者を付してその行動を監視させるよう政府へ勧奨する。
五、日華両国政府に対し、撤退地域の接収が規則的かつ遅滞なく実行されるように、右に関する細目を定めるための代表者を直ちに任命するよう勧告する。
六、日華両政府に対し撤退の完了と同時に両国間の一切の懸案、とくに最近の出来事に基づく問題、鉄道の状況に起因する紛議に関連する問題に関し直接交渉を開始するよう勧告する。これを目的とした調停委員会または同種の常設機関を組織するよう推奨する。
七、理事会は十一月十六日に延期する」
内容は言うまでもなく、ドラモンド総長が十七日に示した「調停私案」を、そのまま引き継いだものだった。つまり、ともかく撤兵を優先し、その後に『五大綱』交渉に着手しろと言っている。日本側の要望はついぞ顧みられず、聯盟の意向を強引に押し付けてきた。
日本側から見れば、そんなものは「絵に描いた餅」にほかならず、実行など到底おぼつかなかったが、聯盟はともかく「決着」を急いだ。日本政府はすんでのところでドラモンドの「第一案」を受諾したが、こともあろうに本省の情報リークがその効力を亡き者にしてしまったのである。
「同僚の理事に対し後ろめたさを感じながらも、日本側からの『極秘扱い』との要請に従って秘匿し続けたにもかかわらず、日本側はあっさりとこれを新聞へ公表した」
私情を交えるならば、ドラモンドならずとも怒りは収まらないはずである。だが事務総長が本当に問題としたのは面子ではなく、記事中に「日本側が固執する『第五綱目』は、大正四年の『二十一箇条』に基づく条約を意味する」と記されていたことにある。
すでに触れたように、俗に言う『二十一箇条問題』は民国政府がことあるごとに国際社会へ向けて「締結を強要された」と訴え、撤回を要求してきた厄介ごとだ。そんなものを撤兵の条件に挙げられたのでは、いつまで経っても話がまとまる訳がないという意図であった。
芳澤は即座に「二十一カ条問題とは全く関係ない」と抗弁したが、時すでに遅しである。ドラモンドはとうとう「民国との条約問題に不安があるならば、ハーグの国際司法裁判所へ訴えられるのがよろしい」と匙を投げた。
そうこうしているうちに、北満方面からまたぞろ不穏な空気が漂ってきた。
午後四時――。
ついに公開理事会は開かれた。ブリアン議長は両当事国を除いた各国理事たちで協議した基礎案を、淡々と読み上げた。そして芳澤には一瞥もくれずに、明日あらためて公開理事会を開き、当事国側から意見を聴取すると言って、閉会を宣言した。
議長が朗読した基礎案とは次の通りである。
「一、九月三十日決議において両国政府が約束した事項の再確認。すなわち、日本政府は日本人の生命財産の安全が確保される範囲内で速やかに軍の撤退を完了するとの日本側代表の声明ならびに、付属地外における日本人の生命財産の保護に対する責任を負うとの民国側代表の声明に注意を促す。
二、両国政府は事態の悪化を招く恐れのある一切の行動を差し控えることへの保証を与えること。すべての侵略的政策または行動を差し控えるとともに、すべての騒擾を終息させるよう適切な措置を講ずること。
三、日本が満洲において何ら領土的野心を持たないとの日本代表の声明に注意し、同声明が国際聯盟規約ならびに九カ国条約の規定に適合することを認める。
四、これら保証および約束の実行が両当事国間の正常関係回復に欠くべからざることを確認し、
(甲)理事会の次回会合前に撤兵が完了するよう、軍隊の鉄道付属地内への撤退を直ちに開始するよう日本政府へ要求する。
(乙)撤退地域接収のため同地在住の日本人の生命財産の保護を確保するための適切な措置を採るよう民国政府に要求し、その目的のために任命される漢人官憲に他国の代表者を付してその行動を監視させるよう政府へ勧奨する。
五、日華両国政府に対し、撤退地域の接収が規則的かつ遅滞なく実行されるように、右に関する細目を定めるための代表者を直ちに任命するよう勧告する。
六、日華両政府に対し撤退の完了と同時に両国間の一切の懸案、とくに最近の出来事に基づく問題、鉄道の状況に起因する紛議に関連する問題に関し直接交渉を開始するよう勧告する。これを目的とした調停委員会または同種の常設機関を組織するよう推奨する。
七、理事会は十一月十六日に延期する」
内容は言うまでもなく、ドラモンド総長が十七日に示した「調停私案」を、そのまま引き継いだものだった。つまり、ともかく撤兵を優先し、その後に『五大綱』交渉に着手しろと言っている。日本側の要望はついぞ顧みられず、聯盟の意向を強引に押し付けてきた。
日本側から見れば、そんなものは「絵に描いた餅」にほかならず、実行など到底おぼつかなかったが、聯盟はともかく「決着」を急いだ。日本政府はすんでのところでドラモンドの「第一案」を受諾したが、こともあろうに本省の情報リークがその効力を亡き者にしてしまったのである。
「同僚の理事に対し後ろめたさを感じながらも、日本側からの『極秘扱い』との要請に従って秘匿し続けたにもかかわらず、日本側はあっさりとこれを新聞へ公表した」
私情を交えるならば、ドラモンドならずとも怒りは収まらないはずである。だが事務総長が本当に問題としたのは面子ではなく、記事中に「日本側が固執する『第五綱目』は、大正四年の『二十一箇条』に基づく条約を意味する」と記されていたことにある。
すでに触れたように、俗に言う『二十一箇条問題』は民国政府がことあるごとに国際社会へ向けて「締結を強要された」と訴え、撤回を要求してきた厄介ごとだ。そんなものを撤兵の条件に挙げられたのでは、いつまで経っても話がまとまる訳がないという意図であった。
芳澤は即座に「二十一カ条問題とは全く関係ない」と抗弁したが、時すでに遅しである。ドラモンドはとうとう「民国との条約問題に不安があるならば、ハーグの国際司法裁判所へ訴えられるのがよろしい」と匙を投げた。
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