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第六章(十月理事会)

第六章第三十節(ドラモンドの「三案」)

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                三十

 二十日朝、ドラモンドが杉村公使を呼び寄せた。

 三日前、日本へ“期限付き撤兵”を求める「私案」を提示したが、東京からの強い拒絶にって話は頓挫とんざした。それにもめげず事務総長は、ブリアン議長やレディング外相と入念に協議を重ねたようだった。二人は現役の外相として各々の内政にかかる課題も多く抱え、いつまでもジュネーブにとどまっている訳にはいかない身である。
 意を決した事務総長は、杉村次長へ「自分の見るところでは最早もはや三個の解決策によるほかない」と、三つの案を示した。

 「第一案、『五大綱』を九月三十日決議の範囲内と認め、理事会は日華両国がただちに撤兵と『五大綱』に付き直接交渉を開始するよう慫慂しょうようする。その間、理事会を三週間延期し、交渉の結果を確認する。
 第二案、日本側が理事会に対し『五大綱』を協定する必要を説き、民国側がこれを受託した上で理事会を三週間延期し、第一案の措置をとる。
  第三案、第一、第二案とも拒絶された場合は公開理事会を開き、両当事国を除く理事国で協議した原案を示した上で意見を聞く。例えば、三週間以内の撤兵に関する日本側の意見の聞く」

 言うまでもなく『五大綱』に関わる交渉と撤兵交渉を並行して進めるという第一案が、最も日本側の要求にそくした内容となっている。ここに落ち着くならば、さほどの問題はないはずだ。
「日本側が満州の特殊権益を主張するのは良く承知しているが、聯盟が国際平和維持機関である以上、特殊地域に起こった事件に対する方策も、他の一般的な先例と同じく扱わなくてはならない」
 「私案」を提示するに際して、ドラモンドはそう言い添えた。

 事務総長の態度はむやみに日本へつらく当たってくるように見えるが、他の理事からの情報を総合すると、決してそうでもないようだ。理事会の裏舞台では民国側が「規約第十五条」に基づく“聯盟の調停”を訴え出ようとするのを、ドラモンドやブリアンら幹部が何とか押しとどめていると言う。外務本省による情報漏洩ろうえいを加味するならば、過分かぶんな扱いとすら言える。

 板挟みのつらさは芳澤だけのものではなさそうだ。いつまでも子どもじみた拒絶ばかりでは、ことはおさまらない。芳澤は是非とも第一案を受託するよう幣原外相へ請訓する。
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