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第六章(十月理事会)

第六章第二十六節(事務総長の「私案」)

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                二十六

 “国際聯盟”としては敢えて「警告書」を発信しなかったものの、ドラモンド総長は「理事会としても何らかの意思表示はする必要がある」として、「総長の私案しあん」を作成することにした。杉村次長を経由して芳澤と沢田へ示された原案は十項目。要旨は次の通りである。

 「九月三十日に採択された決議を実行させるため、
  一、当事国はいずれも強圧的政策または行為に訴えない。
  二、日本政府は『自国民の生命財産の保護が確保される範囲で撤兵する』とした日本代表の発言と、民国側が発した『日本人の生命財産の保護に責任を負う』との声明を了承する。
  三、日本政府による『満洲に領土的野心を持たない』との声明は『九カ国条約』の規定に適合すると認める。
  四、日華両国の関係回復は九月三十日の決議がすべて実行されてはじめて実現する。
  五、日本政府に対し、本会議から最大三週間以内に撤兵が完了するよう、鉄道付属地内への撤退を即時開始すべく求める。
  六、中華民国政府に対し、日本軍撤退後の地域における日本人の生命財産の保護を確実にする一切の手段を執り、列国代表がその実行性を監視すべく取り計らうよう求める。
  七、撤兵および撤退地域の引継ぎに関する細目を詰めるため、両国政府の間に直接交渉が開始されるよう勧告する。
  八、前記の約束および関連地域の占領から生じる一切の問題に関し、両国政府間に直接交渉が行われるよう勧告し、その結果を理事会に報告するよう求める。
  九、両国における他の懸案を巡っては、撤兵期限より遅くとも十五日、または七日以内に直接交渉が開始されるよう勧告する。
  十、交渉は日華鉄道管理当局者の間で行われ、日本が鉄道所有者として得る経済的利益を侵害されないようにする協定を目指すこと」

 「五項目目」にある通り、やはり聯盟は日本に撤兵を強要してきた。しかも撤兵は「三週間」の期限付きで、さらにその状況を見守る第三国の「監視員」の受け入れまで迫ってきた。それら不利な要求をする代償として、日華の直接交渉については相当の便宜べんぎを計るという内容である。主権国家、就中なかんずく常任理事国へ向けた提案としてはあまりに傲慢ごうまんと言えるだろう。
 案の定、聯盟が強硬な態度を取れば幣原外相もなお一層意固地になる。

 「本件大綱たいこうについては、聯盟側と何ら討議を行うつもりはない」

 本省と周到に打ち合わせた上で臨んだはずの今回の理事会だったが、錦州きんしゅう爆撃があだとなって日本への風当たりは当初からきつかった。それに輪をかけてオブザーバー問題が降っていて、とうとう正面対決をする羽目はめになってしまった。
 聯盟側の高圧的な態度は当然ながら日本の国民感情を逆なでし、国内では「聯盟なんぞ脱退してしまえ」との声がさらにかまびすしくなる。

 かつて英国は「栄光ある孤立」という政策をとったが、日本も劣らずに孤立を恐れなかった。幣原外相の十月十八日付回訓は、まるで殿上人てんじょうびとおもむきすらかもしていた。

 「大綱たいこうの内容を開示したのは、あくまで日本に対する聯盟首脳部の誤解をいだかせないようにとの老婆心ろうばしんからであり、その内容につき聯盟から横やりを入れられる筋合いにはない」

 外相はさらに続けて、「聯盟首脳部は鉄道権益の確保と居留民の生命財産の保護との間の密接な関係を十分に了解していないようだ」と聯盟側の無理解を非難した。
 在満居留民、ことに内地から渡った者の多くは鉄道権益に依存して生活している。つまり、満鉄の動向は直ちに居留民の安否に結び付く。英国の外相が「鉄道の保護など初耳だ」と言ってみたり、「五大綱第五項」を目にした聯盟首脳が「新たな要求」などと難癖なんくせをつけようが、事変の遠因は第五項にうたった鉄道を巡る条約の不履行にこそあったのだから……。
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