上 下
98 / 466
第六章(十月理事会)

第六章第十九節(米国オブザーバー)

しおりを挟む
                十九

「実はいま、米国に理事会への参加を求める計画があります」
 ブリアンは打ち明け話をするというより、さも当然と言ったように続けた。

「ハァ、それは……、つまり……、いかなる資格において参加するということなのでしょうか?」
 聯盟非加盟国を議事に参加させるなど、聞いたことがない。芳澤は当然の疑問を呈した。 
「なに、いわゆる『オブザーバー』というやつに過ぎません」
「それなら理事会の討議を傍聴ぼうちょうするのみで、発言はしないということですね」
「いや、発言も許す考えです」
「……?」
 せっかくの“奥の手”が不発に終わったばかりか、かねて抱いてきた懸念が思いのほか早く現実のものとなった。どうも今日は厄日やくびのようだ。

「それでは権利のみを与え、聯盟加盟国が負うべき義務は問わないことになりませんか?」
「いやいや、ご懸念にはおよびますまい。この種のことは前例もありますし、『九カ国条約』や『不戦条約』の提唱国である米国と聯盟が、つねに同一歩調をとってきたことは、貴職きしょくにおかれてもよくご承知のことと存じますが……」
 ブリアンはこともなげにサラリとかわした。芳澤は身体からだがほてるのを感じた。撤兵問題を巡ってただでさえ聯盟との関係はしっくりいっていないのに、また一つ難題が降りかかってきた。

 聯盟が今回の事件をきっかけに何とかアメリカを引き込もうとしていたのは、薄々うすうす感づいていた。だがそうなれば、聯盟と米国が一体になって日本へ圧力を加えてくるという、悪夢のシナリオが成立する。それではまさしく「三国干渉」の再来ではないか。日本の輿論は沸騰するだろう。日本はいったい誰とたたかっているのだろうか?

「聯盟に米国が加わるとなると、日本に対する一種の威嚇いかくと受け止めざるを得ません。我が国として、非常に遺憾の情をおぼえずにはいられません」
 ブリアンの顔から友誼ゆうぎの色が消え、奥底から「何をいまさら」という表情が現れた。
「これまでも聯盟の議事はすべて米国と共有してきました。それをかたちの上で“出席”に置き換えるだけです。そう深刻にとらえるべきこととは思われませんが」

 老外相の口調は、「これは決定事項である。変更は認めない」といった含みをはらんでいた。聯盟側も相当あせっているらしい。恐らく当事国を除いた理事の間では、すでに決まっているのだろう。芳澤はなおも抵抗したが、結局、二人の議論は平行線に終わった。
 芳澤は本件の発案者はドラモンドに違いないと察し、すぐさま沢田を事務総長のもとへとした。
 
 芳澤がにらんだ通り、この日の朝、日華両代表を除いた各国理事がオテル・デ・ベルグに取られたブリアン議長の部屋へ集まり、何とか理事会へ米国を引き込めないかと協議をしていた。参加方法には二、三の案が上がったが、常任理事国である日本側へ配慮して「オブザーバー」という線に落ち着いたのだという。
 だから当然、沢田とドラモンドの間においても「日本に対する威嚇ではないか」、「いや、そんなことはない」――との応酬が展開された。ついに沢田が「聯盟の組織論からいっても、非聯盟国を理事会に招くなど先例がない。オブザーバーの承認をはかるにしても、全会一致なのか多数決なのかすら明らかではないでないではないか!」と詰め寄ると、ドラモンドはげんを左右にして明確な回答を避けた。

「本件はすでに他の理事も同意済みです。ブリアン外相にいたっては、明日正午からの理事会で採決を図りたい意向です。とにかく早急に東京へ請訓されるべきです」
 ドラモンドは開き直ったように言い放つと、逆に恩着せがましく「明日の午後四時までは引きばすから、それまでに東京からの回答を得られるよう取り計らってはどうか」と付け加えた。
「こんな重大な話を急に持ち掛けられても、時間内に回訓を得るのは難しい」
 極東とヨーロッパの時差を考えれば、いかにもムチャ振りだ。九月の通信遅延ちえんを思い起こしてゾッとした。しかしなげいていてもはじまらない。とにかく請訓はしてみると告げて辞去じきょした。
しおりを挟む

処理中です...