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第五章(乱石山)
第五章第十三節(不心得者3)
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十三
「見苦しい真似はやめろっ。店に迷惑やないか」
西村はいかにも正義漢といった体で、毅然と言い放った。
「それに、我々在満日本人の評判が落ちる」
「ほほぉ~っ。こりゃまた随分とご立派なことをおっしゃる」
鉄砲玉は決まった台詞を繰り返す舞台役者のように、手慣れた感じで詰め寄ってきた。
「聞き捨てならんなぁ。オレたちの何がいったい店に迷惑をかけたってぇんだぃ?」
恐らく手順は決まっていたのだろう。西村の台詞もあらかじめ台本に載っていたに違いない。男たちはやけに落ち着いた様子で目の前の“獲物”を料理しにかかった。
「オレたちがいつ、日本人の評判を落としたってぇ?」
最初の男がテーブルを叩きながら西村を威嚇すると、獲物をいたぶる猛獣のような視線を辺りに這わせた。店の客はみんな黙り込んで、目線を逸らせた。ただ身を固くしたまま、嵐が去るのをじっと待っている。
(これだからこの手のごろつきどもが野放しになるんだ)。
はしごを外された感の西村は、いったん振り上げた拳をどこへ持っていったらいいか、分かり兼ねた。歯がゆさ、苛立たしさだけが残った。
かと言って……。
「おウッ? どう落とし前つけてくれんだようっ!」
調子づいた男はじわじわと歩を詰めてきた。理屈でどうにかなる相手ではない。やるか、やらぬかだ。
「表へ出ろっ!」という言葉が西村の喉元まで出かかったとき、地響きのような声が轟いた。
「バカヤローっ!」
洸三郎だった。
「あンだぁ、てめえっ」
条件反射に駆られて傍らの男も声を荒立てた。
「おもしれえじゃねえか、てめえが相手になるってんだな」
もう一人の男がそれに加わり、三人で洸三郎を取り囲む形勢となった。
洸三郎は何も言わず、仁王立ちしたまま三人を睨み返している。
「オウっ? どう落とし前つけてくれんだよ」
「……」
「さあ」
「……」
「さあ」
「……」
「あんだぁ、こいつ。うんともすんとも言わなくなっちまったぜ。へッ、ずうたいばかりで怖気づいたんかぃ」
「……」
「あんだぁ~? こいツッ、ただの木偶の棒じゃあねえか。なあ、ハハハ」
男たちに笑い物にされた洸三郎のこめかみが、ピクリと動いた。
「デ・ク・ノ・ボ・ウ?」
初めて聞いた言葉のように、ゆっくりと反芻した。
洸三郎の唇がかすかに動き、大きな拳にぎゅっと力が入った。それを見た西村も拳を固めた。田中は頭の中に一撃を思い描いた。男たちも身構えた。横田はハラハラした。
誰が見ても、これから何が起こるのかは明らかだった。店の中の視線が洸三郎へと集まった。面白いことになったと好奇心に輝く目があった。面倒ごとは御免だとの冷ややかな目もあった。血を見ることになるのかと恐怖におののく目もあった。早く勘定を済ませて店を出ていこうとする客もいた。
「まぁ、エエがな……」
ややあって、洸三郎から出たのは毎度の彼の口ぐせだった。
「そや、デクノボウっ。木偶の棒っ、木偶の棒でエエやないか! 『ミンナニデクノボート呼バレ、褒メラレモセズ苦ニモサレズ、ソウイウモノニ私ハナリタイ』やっ。結構、結構!」
そういうと、豆鉄砲を食らったハトのような顔をした男たちの間をすり抜け、兄貴株の男の許へと歩み寄った。
「まぁ、エエがな。呑も、呑も、一緒に呑もうや」
そう言って強引に腕を引っ張り、自分たちのテーブルへと連れてきた。
あまりの突飛な出来ごとに、男たちはすっかり面を食らってしおらしくなった。
「さあ、しけた顔せんで、呑もうや、食おうやっ」
洸三郎が景気を付けると、田中が「おうっ、呑め、呑めっ」と勧めた。すると男たちは打って変わって借りてきた猫のようにおとなしくなり、両の手で盃を受けた。
それから男たちを交えた酒盛りがはじまった。
宴の勘定は西村や田中、洸三郎らが支払った。帰りしな、洸三郎は男たちの不心得をこんこんと諭し、懐から財布を取り出すと幾ばくかの金を渡してやった。
「洸ちゃん、それはいくら何でもヒトが良すぎやせんか?」
田中がたしなめるように言うと、洸三郎は赤らめた顔を夜空へ向けて、つぶやいた。
「まあ、エエがな……」
女将の話では、その後この手合いの男たちは二度と店に現れなかったという。
続く
「見苦しい真似はやめろっ。店に迷惑やないか」
西村はいかにも正義漢といった体で、毅然と言い放った。
「それに、我々在満日本人の評判が落ちる」
「ほほぉ~っ。こりゃまた随分とご立派なことをおっしゃる」
鉄砲玉は決まった台詞を繰り返す舞台役者のように、手慣れた感じで詰め寄ってきた。
「聞き捨てならんなぁ。オレたちの何がいったい店に迷惑をかけたってぇんだぃ?」
恐らく手順は決まっていたのだろう。西村の台詞もあらかじめ台本に載っていたに違いない。男たちはやけに落ち着いた様子で目の前の“獲物”を料理しにかかった。
「オレたちがいつ、日本人の評判を落としたってぇ?」
最初の男がテーブルを叩きながら西村を威嚇すると、獲物をいたぶる猛獣のような視線を辺りに這わせた。店の客はみんな黙り込んで、目線を逸らせた。ただ身を固くしたまま、嵐が去るのをじっと待っている。
(これだからこの手のごろつきどもが野放しになるんだ)。
はしごを外された感の西村は、いったん振り上げた拳をどこへ持っていったらいいか、分かり兼ねた。歯がゆさ、苛立たしさだけが残った。
かと言って……。
「おウッ? どう落とし前つけてくれんだようっ!」
調子づいた男はじわじわと歩を詰めてきた。理屈でどうにかなる相手ではない。やるか、やらぬかだ。
「表へ出ろっ!」という言葉が西村の喉元まで出かかったとき、地響きのような声が轟いた。
「バカヤローっ!」
洸三郎だった。
「あンだぁ、てめえっ」
条件反射に駆られて傍らの男も声を荒立てた。
「おもしれえじゃねえか、てめえが相手になるってんだな」
もう一人の男がそれに加わり、三人で洸三郎を取り囲む形勢となった。
洸三郎は何も言わず、仁王立ちしたまま三人を睨み返している。
「オウっ? どう落とし前つけてくれんだよ」
「……」
「さあ」
「……」
「さあ」
「……」
「あんだぁ、こいつ。うんともすんとも言わなくなっちまったぜ。へッ、ずうたいばかりで怖気づいたんかぃ」
「……」
「あんだぁ~? こいツッ、ただの木偶の棒じゃあねえか。なあ、ハハハ」
男たちに笑い物にされた洸三郎のこめかみが、ピクリと動いた。
「デ・ク・ノ・ボ・ウ?」
初めて聞いた言葉のように、ゆっくりと反芻した。
洸三郎の唇がかすかに動き、大きな拳にぎゅっと力が入った。それを見た西村も拳を固めた。田中は頭の中に一撃を思い描いた。男たちも身構えた。横田はハラハラした。
誰が見ても、これから何が起こるのかは明らかだった。店の中の視線が洸三郎へと集まった。面白いことになったと好奇心に輝く目があった。面倒ごとは御免だとの冷ややかな目もあった。血を見ることになるのかと恐怖におののく目もあった。早く勘定を済ませて店を出ていこうとする客もいた。
「まぁ、エエがな……」
ややあって、洸三郎から出たのは毎度の彼の口ぐせだった。
「そや、デクノボウっ。木偶の棒っ、木偶の棒でエエやないか! 『ミンナニデクノボート呼バレ、褒メラレモセズ苦ニモサレズ、ソウイウモノニ私ハナリタイ』やっ。結構、結構!」
そういうと、豆鉄砲を食らったハトのような顔をした男たちの間をすり抜け、兄貴株の男の許へと歩み寄った。
「まぁ、エエがな。呑も、呑も、一緒に呑もうや」
そう言って強引に腕を引っ張り、自分たちのテーブルへと連れてきた。
あまりの突飛な出来ごとに、男たちはすっかり面を食らってしおらしくなった。
「さあ、しけた顔せんで、呑もうや、食おうやっ」
洸三郎が景気を付けると、田中が「おうっ、呑め、呑めっ」と勧めた。すると男たちは打って変わって借りてきた猫のようにおとなしくなり、両の手で盃を受けた。
それから男たちを交えた酒盛りがはじまった。
宴の勘定は西村や田中、洸三郎らが支払った。帰りしな、洸三郎は男たちの不心得をこんこんと諭し、懐から財布を取り出すと幾ばくかの金を渡してやった。
「洸ちゃん、それはいくら何でもヒトが良すぎやせんか?」
田中がたしなめるように言うと、洸三郎は赤らめた顔を夜空へ向けて、つぶやいた。
「まあ、エエがな……」
女将の話では、その後この手合いの男たちは二度と店に現れなかったという。
続く
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