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第五章(乱石山)

第五章第十二節(不心得者2)

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                十二

「何かうしろ、やかましくないすか?」
 横田が声をひそめ、テーブルに身を乗り出して“小当こあたり”に話題を転じた。
 一つ置いた先のテーブル席で四人れの男たちが酒を飲んでいた。何が原因だったのかは知れないが、女給じょきゅうを相手にくだを巻いているのだけは遠目とおめにもわかる。

「あンだぁ? 俺たちにゃあしゃくができねえってぇのかよぉっ!」
「イヤだ、さっきもお酌したじゃあありませんか。ほかのお客さんたちもいるから、堪忍してくださいよ。ほら、お酌しますから」
「ああっ? こりゃまた随分と投げやりな酌じゃあねえか!オウっ、ねえさんよおっ、そんな注ぎ方じゃ、かえって酒がまずくなるっつうもんだぁ!」
 男たちはとにかく大声を出して店員を困らせようとの算段さんだんらしい。俗に言う“満洲浪人まんしゅうろうにん”というやからなのだろう。

 満洲の発展とともに内地で食いめた大勢の日本人が、新天地での一発逆転を夢見て次々と満洲へ渡ってきた。
 もちろん彼らの中には「一旗組ひとはたぐみ」と呼ばれ、うまく事業を成功させた者もいるが、そもそも内地でうとまれ、行く先を失った流れ者たちは、どこへ行っても疎まれ者に変わりなかった。そうした連中が、しばしばこういうところへあらわれては、店だの客だのと見境みさかいなく難癖を付けては金をしぼり取ろうという訳だ。

「ああいうやからが日本人の評判を落としていくんよ。ったく、許しがたいわ」
 西村がつぶやくようにどくいた。その言葉につられて、横田が不用意に振り返った。その向かいに座を占めた田中がすかさず「やめろっ」と目配めくばせしたが、遅かった。

「オゥっ!何見てんだよぉっ!」
 いいカモを見つけたとばかり、一人の男が立ち上がり、近づいて来た。すると同じテーブルからもう二人が、後に続いた。兄貴株あにきかぶと見られる男は、座ったままこちらを向いてニヤニヤしている。
 最初の男が近づいてきたのにあわせ、西村が立ち上がった。その顔はいかにも「腹に据えかねる」といった表情をたぎらせていた。後に続いた二人に呼応して、田中も立ち上がった。男たちが隣りのテーブルまでやってきて、五人の睨み合いになった。

「オイコラっ、何か文句あんのかっ、エエっ?」
 鉄砲玉役の男がすごんで見せた。からまれていた女給じょきゅうは店の奥へと引っ込み、女将おかみとみられる年かさの女とともに、恐る恐る様子をうかがっている。
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