78 / 466
第五章(乱石山)
第五章第十二節(不心得者2)
しおりを挟む
十二
「何かうしろ、やかましくないすか?」
横田が声をひそめ、テーブルに身を乗り出して“小当たり”に話題を転じた。
一つ置いた先のテーブル席で四人連れの男たちが酒を飲んでいた。何が原因だったのかは知れないが、女給を相手にくだを巻いているのだけは遠目にもわかる。
「あンだぁ? 俺たちにゃあ酌ができねえってぇのかよぉっ!」
「イヤだ、さっきもお酌したじゃあありませんか。ほかのお客さんたちもいるから、堪忍してくださいよ。ほら、お酌しますから」
「ああっ? こりゃまた随分と投げやりな酌じゃあねえか!オウっ、姐さんよおっ、そんな注ぎ方じゃ、かえって酒がまずくなるっつうもんだぁ!」
男たちはとにかく大声を出して店員を困らせようとの算段らしい。俗に言う“満洲浪人”という輩なのだろう。
満洲の発展とともに内地で食い詰めた大勢の日本人が、新天地での一発逆転を夢見て次々と満洲へ渡ってきた。
もちろん彼らの中には「一旗組」と呼ばれ、うまく事業を成功させた者もいるが、そもそも内地で疎まれ、行く先を失った流れ者たちは、どこへ行っても疎まれ者に変わりなかった。そうした連中が、しばしばこういうところへ現れては、店だの客だのと見境なく難癖を付けては金を搾り取ろうという訳だ。
「ああいう輩が日本人の評判を落としていくんよ。ったく、許しがたいわ」
西村がつぶやくように毒を吐いた。その言葉につられて、横田が不用意に振り返った。その向かいに座を占めた田中がすかさず「やめろっ」と目配せしたが、遅かった。
「オゥっ!何見てんだよぉっ!」
いいカモを見つけたとばかり、一人の男が立ち上がり、近づいて来た。すると同じテーブルからもう二人が、後に続いた。兄貴株と見られる男は、座ったままこちらを向いてニヤニヤしている。
最初の男が近づいてきたのにあわせ、西村が立ち上がった。その顔はいかにも「腹に据えかねる」といった表情をたぎらせていた。後に続いた二人に呼応して、田中も立ち上がった。男たちが隣りのテーブルまでやってきて、五人の睨み合いになった。
「オイコラっ、何か文句あんのかっ、エエっ?」
鉄砲玉役の男がすごんで見せた。からまれていた女給は店の奥へと引っ込み、女将とみられる年かさの女とともに、恐る恐る様子を窺っている。
「何かうしろ、やかましくないすか?」
横田が声をひそめ、テーブルに身を乗り出して“小当たり”に話題を転じた。
一つ置いた先のテーブル席で四人連れの男たちが酒を飲んでいた。何が原因だったのかは知れないが、女給を相手にくだを巻いているのだけは遠目にもわかる。
「あンだぁ? 俺たちにゃあ酌ができねえってぇのかよぉっ!」
「イヤだ、さっきもお酌したじゃあありませんか。ほかのお客さんたちもいるから、堪忍してくださいよ。ほら、お酌しますから」
「ああっ? こりゃまた随分と投げやりな酌じゃあねえか!オウっ、姐さんよおっ、そんな注ぎ方じゃ、かえって酒がまずくなるっつうもんだぁ!」
男たちはとにかく大声を出して店員を困らせようとの算段らしい。俗に言う“満洲浪人”という輩なのだろう。
満洲の発展とともに内地で食い詰めた大勢の日本人が、新天地での一発逆転を夢見て次々と満洲へ渡ってきた。
もちろん彼らの中には「一旗組」と呼ばれ、うまく事業を成功させた者もいるが、そもそも内地で疎まれ、行く先を失った流れ者たちは、どこへ行っても疎まれ者に変わりなかった。そうした連中が、しばしばこういうところへ現れては、店だの客だのと見境なく難癖を付けては金を搾り取ろうという訳だ。
「ああいう輩が日本人の評判を落としていくんよ。ったく、許しがたいわ」
西村がつぶやくように毒を吐いた。その言葉につられて、横田が不用意に振り返った。その向かいに座を占めた田中がすかさず「やめろっ」と目配せしたが、遅かった。
「オゥっ!何見てんだよぉっ!」
いいカモを見つけたとばかり、一人の男が立ち上がり、近づいて来た。すると同じテーブルからもう二人が、後に続いた。兄貴株と見られる男は、座ったままこちらを向いてニヤニヤしている。
最初の男が近づいてきたのにあわせ、西村が立ち上がった。その顔はいかにも「腹に据えかねる」といった表情をたぎらせていた。後に続いた二人に呼応して、田中も立ち上がった。男たちが隣りのテーブルまでやってきて、五人の睨み合いになった。
「オイコラっ、何か文句あんのかっ、エエっ?」
鉄砲玉役の男がすごんで見せた。からまれていた女給は店の奥へと引っ込み、女将とみられる年かさの女とともに、恐る恐る様子を窺っている。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
鈍牛
綿涙粉緒
歴史・時代
浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。
町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。
そんな男の二つ名は、鈍牛。
これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる