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第五章(乱石山)
第五章第七節(来賓4)
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七
「そうですなぁ、先ずは大洋銀貨に基礎を置く銀本位制とし、日華合弁の中央銀行を設立して紙幣の発行権を一元化することですかな。そして既発の紙幣は一定の比率で新兌換券と交換する……」
「せやけど、中央銀行を日本に牛耳られたら華人が納得せえへんやろう。国際社会とやらがまたうるさいゾィ」
「華人の反発は感情の問題に過ぎん。金勘定の上では自分たちの手だけでどうにもならんことをよう知っとる。もし仮に華人だけで中銀を建てるっちゅうにしても、日本側へ相当な援助を求めてくるに違いないわ。しかも欧米諸国がこれにとって代わるとは到底思えん」
「へぇ~、さすが帝大出のおぼっちゃまやのぉ。会社に籠ってお勉強ですかい。現場へも出んと何でもよう知っとる……」
四人の話を黙って聞いていた岡崎鴻吉が茶々を入れてきた。洸三郎の父、巳之次郎に長年部下として仕えた岡崎は、洸三郎よりふた回りも年嵩の大先輩だ。普段はいたって温厚な人柄なのだが、酒癖の悪さは洸三郎のいびき並みである。
「そんな言い方ないやろぅ。エエ話やないか。それに洸ちゃんかて何も好き好んで支局に籠ってるのとちゃう。そのくらい分かったりぃや」
横合いから西村が割って入り、洸三郎の肩をもった。
「ン? 本気で外へ取材に出たいんやったら、何でそう言わへん?」
岡崎も負けじと応戦する。返す刀でもう一撃をくらわすつもりだ。
「『外へ出られん、出られん』って、まるで箱入り娘みたいこと言いよるようやが、わしの目から見たら、ホンマは出たないんちゃうかと思えてならんのよ」
「岡崎さん、それは違います。ボクかて新聞記者の端くれです。現場に出たいっちゅう思いは誰にも負けません」
洸三郎は必死の形相で抗弁したが、岡崎はほとんど子どもを相手にするような目で軽くいなした。
「ほんなら、何でおのれ自身で支局長へ頼まんのよ。何で他人さまの口添えなんぞ頼もうとするんよ! ン?」
そう言われると言葉に詰まった。ほかのみんなは黙っている。支局長の三池も黙っている。岡崎は追い打ちをかけるように、さらにかぶせてきた。
「ホレ、見てみ。腹の底から思っとらんから世間体なんぞ気にするんや。決心ちゅうものを持っとらんから上司の顔色を窺うんよ。ちゃうか!?」
洸三郎と岡崎の間に火花が散った。往年の火勢は衰えたと言え、なお消えぬ残り火の揺らめきが岡崎のよどんだ目の奥に見えたような気がした。
「まあ岡崎さん、こないなところでそんな話して……酒がまずくなるやろぅ。やめやめ。飲みなおそうや」
西村が仕切り直して何とか場を取り繕った。
自分だって好きで会社に籠っている訳ではない。出られるものなら出たいわ――。そう叫びたかった。いくら酒の席とはいえ、いくら酔ったからとはいえ、あまりに無神経過ぎるではないか。洸三郎はいつの間にか自分が“腫れ物”になっているのを悟って胸糞が悪くなった。
「そうですなぁ、先ずは大洋銀貨に基礎を置く銀本位制とし、日華合弁の中央銀行を設立して紙幣の発行権を一元化することですかな。そして既発の紙幣は一定の比率で新兌換券と交換する……」
「せやけど、中央銀行を日本に牛耳られたら華人が納得せえへんやろう。国際社会とやらがまたうるさいゾィ」
「華人の反発は感情の問題に過ぎん。金勘定の上では自分たちの手だけでどうにもならんことをよう知っとる。もし仮に華人だけで中銀を建てるっちゅうにしても、日本側へ相当な援助を求めてくるに違いないわ。しかも欧米諸国がこれにとって代わるとは到底思えん」
「へぇ~、さすが帝大出のおぼっちゃまやのぉ。会社に籠ってお勉強ですかい。現場へも出んと何でもよう知っとる……」
四人の話を黙って聞いていた岡崎鴻吉が茶々を入れてきた。洸三郎の父、巳之次郎に長年部下として仕えた岡崎は、洸三郎よりふた回りも年嵩の大先輩だ。普段はいたって温厚な人柄なのだが、酒癖の悪さは洸三郎のいびき並みである。
「そんな言い方ないやろぅ。エエ話やないか。それに洸ちゃんかて何も好き好んで支局に籠ってるのとちゃう。そのくらい分かったりぃや」
横合いから西村が割って入り、洸三郎の肩をもった。
「ン? 本気で外へ取材に出たいんやったら、何でそう言わへん?」
岡崎も負けじと応戦する。返す刀でもう一撃をくらわすつもりだ。
「『外へ出られん、出られん』って、まるで箱入り娘みたいこと言いよるようやが、わしの目から見たら、ホンマは出たないんちゃうかと思えてならんのよ」
「岡崎さん、それは違います。ボクかて新聞記者の端くれです。現場に出たいっちゅう思いは誰にも負けません」
洸三郎は必死の形相で抗弁したが、岡崎はほとんど子どもを相手にするような目で軽くいなした。
「ほんなら、何でおのれ自身で支局長へ頼まんのよ。何で他人さまの口添えなんぞ頼もうとするんよ! ン?」
そう言われると言葉に詰まった。ほかのみんなは黙っている。支局長の三池も黙っている。岡崎は追い打ちをかけるように、さらにかぶせてきた。
「ホレ、見てみ。腹の底から思っとらんから世間体なんぞ気にするんや。決心ちゅうものを持っとらんから上司の顔色を窺うんよ。ちゃうか!?」
洸三郎と岡崎の間に火花が散った。往年の火勢は衰えたと言え、なお消えぬ残り火の揺らめきが岡崎のよどんだ目の奥に見えたような気がした。
「まあ岡崎さん、こないなところでそんな話して……酒がまずくなるやろぅ。やめやめ。飲みなおそうや」
西村が仕切り直して何とか場を取り繕った。
自分だって好きで会社に籠っている訳ではない。出られるものなら出たいわ――。そう叫びたかった。いくら酒の席とはいえ、いくら酔ったからとはいえ、あまりに無神経過ぎるではないか。洸三郎はいつの間にか自分が“腫れ物”になっているのを悟って胸糞が悪くなった。
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