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第五章(乱石山)
第五章第四節(来賓1)
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四
翌日、奉天支局は内地からの来賓を迎えた。
大毎と東日は十月十五日の朝刊に「社告」を出し、満洲へ慰問使を派遣すると発表した。関東軍や満鉄、官民の各種団体へ内地の声を伝えるとともに、事変後の満洲を視察して内地へ直接報告するのが目的だという。
事変後、満洲の各所に出没する匪賊を討伐するため関東軍は文字通り駆けずり回っている。東奔西走、昼夜兼行の活躍を見せている。前線の疲労は極限に達し、南陸相も早期の増援軍派遣と駐箚部隊の交代を決定した。国民はその労苦に報いようと、各地から慰問袋を送って寄こした。社告にうたった表向きの目的は“嘘”ではないが、大毎社長本山彦一の魂胆はむしろ、この流れに乗じて新聞のPRに生かそうというところにあった。
これに刺激されてか、十月二十三日には東京朝日も慰問使を派遣すると発表した。さながら新聞の拡販競争がそのまま慰問使派遣競争に乗り移ったかのごとくである。手土産に清酒五十樽を贈るなど、派手な告知を打って世間の関心を集めた。ほかにも金銭寄付や慰問袋の贈呈、講演会など、新聞社は部数獲得のために満洲事変を十二分に活用して、様々なキャンペーンを展開した。
慰問使は大毎の楢崎観一編集顧問と東京日日新聞の阿部賢一論説委員の二人。上層部における“遊軍”といった役どころか。
十七日に大阪を発ち、二十一日奉天へ到着した。駅で出迎えた三池支局長と村田次長を伴って二人が真っ先に向かったのは、奉天大広場沿いの関東軍司令部であった。
本庄司令官はこの日の日記に「午後一時十五分、大毎楢崎、阿部特別慰問使来訪」とのみ記したが、新聞は抜け目なく司令官の謝辞を次のように報じた。
「大毎、東日が今回の事変に対し率先して国民を指導されたことを力強く思う。問題は今後にあるからますますご努力を願いたい」
両慰問使ともに旅の疲れなど微塵も見せず、上機嫌だった。翌日は奉天時局相談会主催の講演会と交歓会が予定されていたから、この晩は三池支局長の提案で内輪の懇親を一席設けることになった。
「諸君らの奮闘には社を代表して感謝申し上げたい。いうまでもなく満蒙は日本の生命線である。その生命線が今後どうなるか、それを諸君らはしっかりと……」
乾杯の挨拶はさらに続いた--。
幾度となく出てくる「満蒙は日本の生命線」という言葉が耳に残った。
“日本の生命線”とはいったい何なのだろう?
わずかひと月前までそんな言葉、まず耳にしなかった。内地を不在にしたこのひと月の間に突如として生まれたとでもいうのか? 突如生まれたのなら突如消えたところで何の不都合もあるまい。しかしそれならばそもそも“生命線”などと言うのもおかしいではないか。
「内地の方々……」
以前、公会堂で鯉沼に言われた言葉を思い出した。今や“奉天の人”となった洸三郎は、主賓席に座を占める“内地の方々”にある種の印象を抱いた。
(そうか、あの時、鯉沼さんが言わんとしたのはそういうことか……)。
何というか……、気脈が通じていないのだ。満洲のことを“頭”でどう理解しようとも、胸で分かっていない、腹で分かっていない。“気”と“気”で結ぶ連帯感が備わっていないのだ。
洸三郎は、あのとき体験した“疎外感”の正体を見たような気がした。そしていま、逆の立場からそれを俯瞰している。
翌日、奉天支局は内地からの来賓を迎えた。
大毎と東日は十月十五日の朝刊に「社告」を出し、満洲へ慰問使を派遣すると発表した。関東軍や満鉄、官民の各種団体へ内地の声を伝えるとともに、事変後の満洲を視察して内地へ直接報告するのが目的だという。
事変後、満洲の各所に出没する匪賊を討伐するため関東軍は文字通り駆けずり回っている。東奔西走、昼夜兼行の活躍を見せている。前線の疲労は極限に達し、南陸相も早期の増援軍派遣と駐箚部隊の交代を決定した。国民はその労苦に報いようと、各地から慰問袋を送って寄こした。社告にうたった表向きの目的は“嘘”ではないが、大毎社長本山彦一の魂胆はむしろ、この流れに乗じて新聞のPRに生かそうというところにあった。
これに刺激されてか、十月二十三日には東京朝日も慰問使を派遣すると発表した。さながら新聞の拡販競争がそのまま慰問使派遣競争に乗り移ったかのごとくである。手土産に清酒五十樽を贈るなど、派手な告知を打って世間の関心を集めた。ほかにも金銭寄付や慰問袋の贈呈、講演会など、新聞社は部数獲得のために満洲事変を十二分に活用して、様々なキャンペーンを展開した。
慰問使は大毎の楢崎観一編集顧問と東京日日新聞の阿部賢一論説委員の二人。上層部における“遊軍”といった役どころか。
十七日に大阪を発ち、二十一日奉天へ到着した。駅で出迎えた三池支局長と村田次長を伴って二人が真っ先に向かったのは、奉天大広場沿いの関東軍司令部であった。
本庄司令官はこの日の日記に「午後一時十五分、大毎楢崎、阿部特別慰問使来訪」とのみ記したが、新聞は抜け目なく司令官の謝辞を次のように報じた。
「大毎、東日が今回の事変に対し率先して国民を指導されたことを力強く思う。問題は今後にあるからますますご努力を願いたい」
両慰問使ともに旅の疲れなど微塵も見せず、上機嫌だった。翌日は奉天時局相談会主催の講演会と交歓会が予定されていたから、この晩は三池支局長の提案で内輪の懇親を一席設けることになった。
「諸君らの奮闘には社を代表して感謝申し上げたい。いうまでもなく満蒙は日本の生命線である。その生命線が今後どうなるか、それを諸君らはしっかりと……」
乾杯の挨拶はさらに続いた--。
幾度となく出てくる「満蒙は日本の生命線」という言葉が耳に残った。
“日本の生命線”とはいったい何なのだろう?
わずかひと月前までそんな言葉、まず耳にしなかった。内地を不在にしたこのひと月の間に突如として生まれたとでもいうのか? 突如生まれたのなら突如消えたところで何の不都合もあるまい。しかしそれならばそもそも“生命線”などと言うのもおかしいではないか。
「内地の方々……」
以前、公会堂で鯉沼に言われた言葉を思い出した。今や“奉天の人”となった洸三郎は、主賓席に座を占める“内地の方々”にある種の印象を抱いた。
(そうか、あの時、鯉沼さんが言わんとしたのはそういうことか……)。
何というか……、気脈が通じていないのだ。満洲のことを“頭”でどう理解しようとも、胸で分かっていない、腹で分かっていない。“気”と“気”で結ぶ連帯感が備わっていないのだ。
洸三郎は、あのとき体験した“疎外感”の正体を見たような気がした。そしていま、逆の立場からそれを俯瞰している。
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