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第五章(乱石山)

第五章第三節(電信課3)

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                 三

「あ~ぁ、いい天気やなぁ」
 店を出た二人は大きく伸びをした。満洲では晩夏ばんしゅう初冬しょとうがほぼ重なるから、秋はないと聞いてきたが、少なくとも今日の天気は内地で言う秋晴れそのものだ。ほどよい日差しにすずやかで軽い風が心地いい。支局裏の春日旅館に寝泊まりし、支局と宿泊先を往復するだけの生活を送る洸三郎でなくとも、こんな日は公園のベンチでのんびりと、うららかな日和ひより堪能たんのうしたいものである。
「少し歩くか」
 洸三郎も少しは気晴らしをした方がいいだろうとの気遣いから、田中が誘いをかけた。

 銀座の服部時計店ほどではないものの、春日通りにも中谷時計店の時計台というランドマークがあって、往来の人の目をいた。満州随一の歓楽街らしく、大阪屋号書店や廣済堂こうさいどう薬局、駅弁で有名な岡山の三好野みよしのといった有名店が軒を並べ、夜ともなれば山内履物店だの映画館だののネオンサインがテラテラと色めく不夜城ふやじょうと化す。
 広い車道には洋車ヤンチョや荷車が気ぜわしく行きかい、鈴を鳴らした馬車マーチョがそれらを押しのけるように追い越していった。時おり警笛けいてきもけたたましくフォードが向こうからやってきて、得意そうに走り去っていった。この頃の自動車といえばフォードやゼネラル・モータース、クライスラーといったアメリカ車がほとんど。内地を含めて国産自動車が駆け回るようになるのは、さらに数年先のこととなる。

 歩道の人通りも忙しい。繁華街であると同時にビジネス街でもある春日通りには、大毎奉天支局のほかにも多くの会社が事務所を構えていた。満洲服の大掛児タアクワルを身にまとった華人商人らが悠々と歩く間を縫うように、季節外れのカンカン帽や少し気の早いフェルト帽をかぶった背広姿の男たちが急ぎ足で過ぎていく。その行く手をふさぐのは、色とりどりの衣装を着飾りウィンドーショッピングに興じる買い物客たちの姿である。おまけに近隣の奉天医科大学から遠征してきた学生たちの群れも入り混じって、日がな一日絶え間をつくらない。

 二人の向かう先から若い娘が三人、上機嫌でじゃれ合いながら歩いてくる。あまりに無邪気で楽しそうだったから何気なく見入っていたら、すれ違いざまに小ばかにしたような顔で「ふんっ」と鼻を鳴らされた。うぶな洸三郎は顔を赤らめたが、田中はいたって平気な顔でニヤニヤ笑っていた。すると後ろから天秤てんびんかついだ華人の行商人がやってきて、二人を追い越していった。
 これが本来の、何の変哲もない奉天の日常の姿なのだろう。
 
 こうした平穏な日々が続けばいいのだが……。
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