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第三章ジュネーブ

第三章第十三節(スチムソン長官)

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                                                十三
 
 
 閣議が腰折れした九月二十二日ーー。
 東京とは異なって欧・米・アジアの各方面にはそれぞれの動きがあった。
 
 奉天では満洲の軍事占領をあきらめた関東軍が、政略を通じた「満蒙問題」の解決へと転じた。ジュネーブとロンドンでは満洲への「調査員」派遣という構想が持ち上がる。
 大西洋を渡ったワシントンでも、出渕勝次でぶちかつじ駐米大使とヘンリー・スチムソン国務長官の間に会談が行われていた。

 ほんの数日前、二人は同じ場所で同じようにあい対していた。
「アメリカの対日感情が今日こんにちほど友好的だったことなど、かつてなかった」
 事変の前日、恩賜休暇おんしきゅうかをもらって一次帰国するため挨拶に来た出渕を、スチムソン長官はこう言って迎えたものだった。
 振り返れば、日露戦争後の日米関係は互いに“れ物”を触り合うような、“おっかなびっくり”で不安定な状態が続いた。理由は主に、「移民問題」を巡って日本側の対米感情が良くなったり悪くなったりを繰り返したのがアメリカ側へと伝わって、これに呼応するかたちで先方の対日感情も悪化したり改善したりしたということらしい。
 
 世界中どこへいっても、隣り合う国どうしというものは“いがみ合う”ものと相場が決まっているようだ。意外に思えるかもしれないが、広大な太平洋を挟んで日本とアメリカ合衆国は隣り合う国同士なのである。合衆国が世界の
超大国となって日本など完全にしまったから、現在はそんなことを意識する人はいない。だが当時は違った。
 この話の十年後に起こる日米間の戦争に負けて、日本人たちは「あれは無謀な戦争だった」と繰り返しされた。だからみんな疑いもなく「そういうもの」だと思っている。しかし、「無謀な戦争云々うんぬん」の教育を受けるの日本人たちの考え方は、今とは大分異なっていたという点に注意を促したい。

 ともあれ、相手が“れ物”であるだけに、事変に関するアメリカの新聞の論調は、英国以上にバラついた。
 『ボストン・ヘラルド紙』が「日本は主義上の門戸開放主義もんこかいほうしゅぎを受託しただけであって、その政策は北方を閉鎖するものであった(中略)しかしながら日本の東洋政策は他の列国のそれと比較して何らもなく不可ふかもなし」と論じた一方で、『ウースター・イヴニング・ガゼット紙』はそもそもの原因は中華民国の治安当局が外国人の生命財産を保護する能力に欠けている点にあるとして、「日本軍のこのような行動は、満洲に対する日本のモンロー主義にとって極めて適切なことであった」と日本側の行動を擁護する面を見せた。だがこの記事の真意はもっと皮肉なところにあって、いったんこうして持ち上げておきながら、「それはすなわち『九カ国条約』に違反するものである」と条約違反論を展開してドンと落としたのであった。
 これに輪をかけたのがハースト系の『ワシントン・ニュース紙』で、「条約違反者を世界の平和に協力させるためには、(対日)経済“ボイコット”を施行し、世界の平和機構の安全を図るべきである」と、対日経済封鎖をあおり立てた。『ニューヨーク・タイムス』紙は幣原外交の功績を列挙した上で、「もしここで合衆国政府が対日非難の声明を出せば、軍部に対する幣原の立場が悪くなる」という、幣原政策擁護ようごの立場から読者へ自制を求めた。

 種々しゅじゅ色彩しきさい豊かなアメリカの輿論よろんだったが、それらを横串よこぐしに貫いた一つの基調があった。それは合衆国の国是こくぜとも言える「モンロー主義」の堅持である。
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