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第二章

第二章第十四節(事変の真相1)

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                 十四
 
 二十四日になると、軍事行動にも一段落がつく。
 奉天では独立守備隊第二大隊長の島本正一しまもとしょういち大佐が、内外の記者を集めて事変勃発時の状況を説明することになった。洸三郎は是非ともこれに同行させて欲しいと願い出た。奉天に着任してからずっと抱えてきた疑問を晴らすきっかけがつかめるかも知れない。
 果たして、仕掛けたのはどちらだったのか――。
 
 爆破現場の線路はすでに修復され、吹き飛んだ枕木の破片や折れ曲がった線路が、無造作に脇へ寄せられていた。警察ならば、捜査を混乱させる「現場荒らしだ」といって、関東軍を非難したことだろう。
 島本大佐の状況説明は概要こうなる。
 
 「北大営ほくだいえい北方、虎石台こせきだいに分屯する第三中隊の河本末守かわもとすえも り中尉は、鉄道線路巡察を教育すべく四名を前方へ行進させ、自らは二名の護衛兵をともない北大営西側鉄道線路上を北から南へ進んできた。河本中尉が通り過ぎた二百メートルくらい後方で大きな音響とともに爆発がしたので、直ちに引き返すと若干のシナ兵が北大営方向に逃げていくのが見えた。中尉はこれへ向かって即座に射撃を開始した。守備隊は常に、警備弾として三十発を所持していた」
 
 「逃げ帰るシナ兵中三名に弾丸が命中したと見え、爆破地点の北方二、三百メートルのところに倒れており、爆破地点付近から倒れているところまで血液が地上に点々落ちていた」
 
 「河本中尉が射撃をすると同時に、爆破地点の北方三、四百メートル付近の煉瓦れんが焼き場、コウリャン※の中(傍点筆者)から盛んに射撃を受けた。銃声等から察して三、四百名(二、三中隊)の敵がいるのは確実で、しかも漸次南方柳条湖りゅうじょうこ方向へ前進してくる模様であった」
※高梁=イネ科の植物で、いわゆるモロコシのこと。野生種では高さ三メートルにも及ぶが、栽培の過程で品種改良が施され、事変当時の記述にはしばしば「高さ二メートルほど」と記されている。葉の幅は十センチほどあって全体的に“鬱蒼うっそうとした畑”となっていたようだ。
 
 「河本中尉はこの状況をすぐさま川島正かわしまただし中隊長へ報告。中隊長は演習を中止して急ぎ北大営の方へ駆けつける。その際、兵営西南側のの中から急射撃を受け、鉄道線路を挟んで射撃を交差するに至った」
 
 「第三中隊が到着し射撃を開始すると、。中隊長はこれを追おうとしたが、線路東側には水溜まりがあったためいったん北方へ引き返し、戦術上の判断から北大営西北角に飛び込みその一隅いちぐうの兵舎を占拠した。しかし、諸方面から敵の銃砲火を浴びて苦戦に陥り、その一角に防御ぼうぎょ設備をほどこしした」
 
 「川島中隊は電話で大隊へ状況を報告。大隊週番司令は取り敢えず第一、第四中隊(奉天駐屯部隊)を非常呼集するとともに、奉天駅に列車準備を依頼し、次いで大隊長へ報告した」
 
 「また撫順ぶじゅんにある第二中隊にも大急ぎで先ず柳条湖へ前進するよう命じ、大隊長自らは第一、第四中隊を率いて北大営にせつけた。途中、前述の。大隊主力が展開後、弾薬、死傷者、あるいは食事運搬等のため、奉天駅との間に『モーターカー』を往復させたが、
 
 「午前三時半頃、待ち焦がれていた撫順第二中隊がやっと到着。同中隊の加勢を得て奮戦力闘の結果午前五時半、完全に北大営を占領した」
 
 これが事変当時における満洲事変に関する公式の説明である。リットン調査団の報告や戦後の極東軍事裁判、いわゆる「東京裁判」においてすら、この認識はくつがえってはいない。
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