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第二章

第二章第五節(参内)

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                 五
 
 勢いを欠いた初秋の日差しは西へと傾き、ただまぶしいだけの黄金こがね色の光が辺りを覆う。鬱蒼うっそうとした森からの木漏こもれ日が二重橋ごうへと注ぎ、水面みなもにキラキラ照り返した。橋のたもとに据えられたネオバロック様式の飾電燈しょくでんとうから伸びる長い影法師かげぼうしが、一日の終わりを告げるように地面へ張り付いている。ひぐらしは石垣の上でカナカナカナと名残惜しそうな声を上げた。

 金谷総長と随伴の河辺虎四郎かわなべとらしろう中佐を乗せた車はアーチ式のめがね橋を渡り、木立を抜けて月見橋を越えると、西ノ丸下乗門げじょうもんへ入っていった。迎えたのは侍従武官長の奈良武次ならたけじ大将であった。奈良は幕末最後の慶応四年生まれで、金谷より五つ年長になる。陸軍士官学校は旧十一期卒。陸軍創設以来のフランス式士官生徒制度で教育を受けた最後の世代に属し、プロシア式制度へ改められた後の陸士五期卒となる金谷とは、異なる時代を過ごした。
 そうした経歴もあって、金谷の目に映った奈良には実年齢の差以上の風格ふうかくが漂っていた。
「大変なことになりましたね。総長もさぞやご心痛のこととお察し申し上げます」
 奈良は非の打ちどころのない物腰で金谷をねぎらった。物腰の柔らかさから良家の子息と思われ勝ちだが、実際は栃木の農家の出身である。金谷はただでさえ気後れしちな宮中へ、今日は面白くない知らせをもって参内さんだいしている。奈良の心遣いが慈雨じうのように感じられた。
「いやいや、軍の行動につき聖上せいじょうのご心労をわずらわさないよう尽くすのが、統帥権の輔弼ほひつたる参謀総長の務めです」
 この頃の宮中では、幣原外交を強く支持する西園寺公望さいおんじきんもち内府ないふ牧野伸顕まきののぶあきが幅を利かせ、軍に対して何かと批判的だった。宮中がこれら側近の讒言ざんげんにひきずられないよう、侍従武官長は独り奮闘している。その奈良の立場を悪くするような知らせを持ってきたのが心苦しかった。

「誠に面目ない次第でありますが、今般、軍の統帥権をないがしろにするようなことが……」
 金谷は覚悟を決めて、朝鮮軍の独断出兵の事実を告げた。
「この上は聖上のご裁可さいかあおぎ、自らの責任を明らかにしたく参上いたしました」
 奈良は悲壮感を漂わせた金谷をじっと見つめ、おもむろに口を開いた。
「時局へ対処するにはまだいくつものせきを越えねばならないことでしょう。このたびは事態を言上ごんじょうするにとどめられ、奉勅ほうちょく命令を仰ぐのはまた後日のことにされるのがよかろうと存じますが、いかがですかな」
 もとより我が身大事の下心は毛頭ないが、なるほど奈良の言うのももっともである。この際は成り行きに身を委ねるのも一案だろう。
 金谷はうなずいて正殿しょうでんへ上っていった。
                 
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