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第四章政略
第四章第九節(満鉄総裁1)
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九
本庄司令官が発した声明は、国内はもとより国際社会へ大きな衝撃をもたらした。
政府が「事変不拡大方針」を内外に示し、国際聯盟理事会がひとまず落着したと思った矢先、現地出先の軍司令官からあたかも政府に反旗を翻したかのような声明が出されたのだから--。
当然、「いったい、日本には統一政府がないのか?」、「政府は軍をコントロールできないのか?」といった疑念が沸き上がった。
国内でも枢密院や内閣から、「軍による外交権の侵害だ」、「軍が政治に関与した」など厳しい批判が上がり、その都度南陸相は冷や汗をかかされた。ところが国民はというと、おおむね本庄司令官の声明を歓迎し支持した。皮肉なことに、いまや国民は政府より関東軍を信頼しているという事実すら浮き彫りになる。
ここに至っていよいよ、宮中方面の反軟論派も声を上げはじめる。閑院宮元帥殿下や伏見宮大将殿下のような軍人は、「事態がこうなった以上、(陸軍として)結束を固めて邁進すべきである」と関東軍への支持を表明する。
民主政治は国民の支持を糧として成り立つ。国民が関東軍を支持する以上、閣僚、政治家もそれに倣わない訳にはいかない。宮中で西園寺、牧野らの威勢が徐々に後退していくのは、何も“軍部の圧力”などではなく、国民輿論の風に押されたと見るべきだろう。
さて、何とか満鉄を抱き込むきっかけが欲しかった関東軍だが、満鉄の方でも関東庁が軍への協力姿勢へと転じたこともあって、いつまでも軍と没交渉のままではいられなかった。折しも内田康哉総裁が上京することになり、満鉄本社のある大連から奉天へ北上し安奉線を伝って朝鮮経由で下関へといたることも分かった。しかも奉天で三日間を過ごすという。本庄司令官は早速、総裁へ会談を申し入れた。
前出の山口重次によれば、このとき満鉄理事で後に「新幹線の生みの親」と呼ばれる十河信二が随分と骨を折ってくれたという。
こうして二人の会談は十月六日十四時から、奉天の関東軍司令部内で実現した。
「満洲における鉄道の問題は、日華直接交渉でケリをつける--。そういう政府の方針に乗って満鉄総裁に担がれた次第ですが、何せ相手が相手なので、ほとほと困っております」
外務官僚出身の内田康哉は、明治、大正、昭和の三世にまたがって外務大臣を務めた唯一の人物として知られる。その外交経験を買われて満鉄総裁に請われたのが、この年の六月。本庄の着任のほんの二月前のことであった。事変前の関東軍司令部は大連にあったのだから、同じ地に本社を置く満鉄総裁とも事前の顔合わせくらいあっても然るべきである。ところが二人はこれが初対面である。しかも大連ではなく奉天で--。
この辺りも、「四頭政治」から関東軍司令官のみが蚊帳の外であったことの証左なのかもしれない。
「奉天へきてまだ三週間にもなりませぬが、大連とはまた異なる空気を肌身に感じております」
旅順、大連を含む関東州は日本の租借地だから、満洲といってもロシアや日本の色合いが濃くなっている。片や奉天は、何といっても旧軍閥政権の本拠地である。本庄は露払いのつもりで当地の雰囲気を語って見せた。
新総裁の方は「うんうん」と頷きながら、興味深そうに話しに耳を傾けた。
本庄司令官が発した声明は、国内はもとより国際社会へ大きな衝撃をもたらした。
政府が「事変不拡大方針」を内外に示し、国際聯盟理事会がひとまず落着したと思った矢先、現地出先の軍司令官からあたかも政府に反旗を翻したかのような声明が出されたのだから--。
当然、「いったい、日本には統一政府がないのか?」、「政府は軍をコントロールできないのか?」といった疑念が沸き上がった。
国内でも枢密院や内閣から、「軍による外交権の侵害だ」、「軍が政治に関与した」など厳しい批判が上がり、その都度南陸相は冷や汗をかかされた。ところが国民はというと、おおむね本庄司令官の声明を歓迎し支持した。皮肉なことに、いまや国民は政府より関東軍を信頼しているという事実すら浮き彫りになる。
ここに至っていよいよ、宮中方面の反軟論派も声を上げはじめる。閑院宮元帥殿下や伏見宮大将殿下のような軍人は、「事態がこうなった以上、(陸軍として)結束を固めて邁進すべきである」と関東軍への支持を表明する。
民主政治は国民の支持を糧として成り立つ。国民が関東軍を支持する以上、閣僚、政治家もそれに倣わない訳にはいかない。宮中で西園寺、牧野らの威勢が徐々に後退していくのは、何も“軍部の圧力”などではなく、国民輿論の風に押されたと見るべきだろう。
さて、何とか満鉄を抱き込むきっかけが欲しかった関東軍だが、満鉄の方でも関東庁が軍への協力姿勢へと転じたこともあって、いつまでも軍と没交渉のままではいられなかった。折しも内田康哉総裁が上京することになり、満鉄本社のある大連から奉天へ北上し安奉線を伝って朝鮮経由で下関へといたることも分かった。しかも奉天で三日間を過ごすという。本庄司令官は早速、総裁へ会談を申し入れた。
前出の山口重次によれば、このとき満鉄理事で後に「新幹線の生みの親」と呼ばれる十河信二が随分と骨を折ってくれたという。
こうして二人の会談は十月六日十四時から、奉天の関東軍司令部内で実現した。
「満洲における鉄道の問題は、日華直接交渉でケリをつける--。そういう政府の方針に乗って満鉄総裁に担がれた次第ですが、何せ相手が相手なので、ほとほと困っております」
外務官僚出身の内田康哉は、明治、大正、昭和の三世にまたがって外務大臣を務めた唯一の人物として知られる。その外交経験を買われて満鉄総裁に請われたのが、この年の六月。本庄の着任のほんの二月前のことであった。事変前の関東軍司令部は大連にあったのだから、同じ地に本社を置く満鉄総裁とも事前の顔合わせくらいあっても然るべきである。ところが二人はこれが初対面である。しかも大連ではなく奉天で--。
この辺りも、「四頭政治」から関東軍司令官のみが蚊帳の外であったことの証左なのかもしれない。
「奉天へきてまだ三週間にもなりませぬが、大連とはまた異なる空気を肌身に感じております」
旅順、大連を含む関東州は日本の租借地だから、満洲といってもロシアや日本の色合いが濃くなっている。片や奉天は、何といっても旧軍閥政権の本拠地である。本庄は露払いのつもりで当地の雰囲気を語って見せた。
新総裁の方は「うんうん」と頷きながら、興味深そうに話しに耳を傾けた。
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