6 / 466
第一章第五節(国際列車)
しおりを挟む
五
列車の音が急にガガガン、ガガガンと鳴り響き、小刻みな振動が身体に伝わった。鉄橋を渡る音だった。
全長九四四メートル、十二連の橋げたを持つ鴨緑江橋は「東洋一」とうたわれる橋梁で、一日四回、中央部が九〇度旋回する仕組みになっている。その間に帆の高い船舶が悠々と往来する。橋の下を流れる鴨緑江は、遥か遠くに望む白頭山に源を発し、朝鮮と満州の境をなしながら延々七百九十キロを流れ下って黄海へと注ぐ。大河の上流域は大森林に覆われ、伐り出した木材を筏に組んでここまで下ってくる。夏の最盛期になると、その数は七千余りを数え、対岸の安東に繋留される。これが冬場になると川は固く氷結し、木材を乗せた橇が一本の棹に操られて滑って行く光景にお目にかかれるようになる。その傍らで市民がスケートを楽しむ姿も風物詩となるそうだ。
国境を越えたら安東の駅に着いた。運転士、車掌がここで交替する。乗客も旅券の審査を受ける。ちなみに、パスポートが普及したのは第一次世界大戦中のことで、イギリスがドイツのスパイを入国させないための施策であったという。イギリスは世界中に植民地をもっていたから、あっという間に世界へ広がった。大戦が終わってからは、共産主義の活動家らを監視する目的で旅券審査は続けられた。何だか旅人を罪人扱いにするようだが、陸続きで国境を接する国々にとっては仕方のないことなのかもしれない。
さすがに国際列車である。プラットホームを行き来する人々の服装がチョゴリから大掛児や長衫といった満洲服に変わる。いよいよ満州へ来たという実感が沸いた。
ここから奉天までの二百七十六キロを結ぶ安奉線の車窓には、満州では珍しい緑山碧水の景観が望める。遠く北方には伏義山、鳳凰山、鶏冠山など長白山系の峨々たる支脈が連なる。巌の肌をあらわに聳える鳳凰山は標高九〇〇メートル。天を摩するごとき頂には高句麗時代の城跡が残ると伝えられる。
視界を戻せば、大遼河水系細河の清流が巌頭の岩肌にぶつかって、泡立ちながら下っていく。岸に臨んでは雑木林が翠緑を彩り、松の老木が膚を露わに、盛衰の跡を伝えていた。人跡の絶えた山水の世界にときおり散在する民家は、まるで仙人の住処を髣髴させる。中流に至れば、棹さす小舟の影も目を和ませる。
列車の音が急にガガガン、ガガガンと鳴り響き、小刻みな振動が身体に伝わった。鉄橋を渡る音だった。
全長九四四メートル、十二連の橋げたを持つ鴨緑江橋は「東洋一」とうたわれる橋梁で、一日四回、中央部が九〇度旋回する仕組みになっている。その間に帆の高い船舶が悠々と往来する。橋の下を流れる鴨緑江は、遥か遠くに望む白頭山に源を発し、朝鮮と満州の境をなしながら延々七百九十キロを流れ下って黄海へと注ぐ。大河の上流域は大森林に覆われ、伐り出した木材を筏に組んでここまで下ってくる。夏の最盛期になると、その数は七千余りを数え、対岸の安東に繋留される。これが冬場になると川は固く氷結し、木材を乗せた橇が一本の棹に操られて滑って行く光景にお目にかかれるようになる。その傍らで市民がスケートを楽しむ姿も風物詩となるそうだ。
国境を越えたら安東の駅に着いた。運転士、車掌がここで交替する。乗客も旅券の審査を受ける。ちなみに、パスポートが普及したのは第一次世界大戦中のことで、イギリスがドイツのスパイを入国させないための施策であったという。イギリスは世界中に植民地をもっていたから、あっという間に世界へ広がった。大戦が終わってからは、共産主義の活動家らを監視する目的で旅券審査は続けられた。何だか旅人を罪人扱いにするようだが、陸続きで国境を接する国々にとっては仕方のないことなのかもしれない。
さすがに国際列車である。プラットホームを行き来する人々の服装がチョゴリから大掛児や長衫といった満洲服に変わる。いよいよ満州へ来たという実感が沸いた。
ここから奉天までの二百七十六キロを結ぶ安奉線の車窓には、満州では珍しい緑山碧水の景観が望める。遠く北方には伏義山、鳳凰山、鶏冠山など長白山系の峨々たる支脈が連なる。巌の肌をあらわに聳える鳳凰山は標高九〇〇メートル。天を摩するごとき頂には高句麗時代の城跡が残ると伝えられる。
視界を戻せば、大遼河水系細河の清流が巌頭の岩肌にぶつかって、泡立ちながら下っていく。岸に臨んでは雑木林が翠緑を彩り、松の老木が膚を露わに、盛衰の跡を伝えていた。人跡の絶えた山水の世界にときおり散在する民家は、まるで仙人の住処を髣髴させる。中流に至れば、棹さす小舟の影も目を和ませる。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
鈍牛
綿涙粉緒
歴史・時代
浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。
町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。
そんな男の二つ名は、鈍牛。
これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる