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第一章第五節(国際列車)

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                 五

 列車の音が急にガガガン、ガガガンと鳴り響き、小刻みな振動が身体に伝わった。鉄橋を渡る音だった。
 全長九四四メートル、十二連の橋げたを持つ鴨緑江おうりょくこう橋は「東洋一」とうたわれる橋梁で、一日四回、中央部が九〇度旋回する仕組みになっている。その間に帆の高い船舶が悠々と往来する。橋の下を流れる鴨緑江は、遥か遠くに望む白頭山はくとうさんみなもとを発し、朝鮮と満州の境をなしながら延々七百九十キロを流れ下って黄海こうかいへと注ぐ。大河の上流域は大森林に覆われ、り出した木材をいかだに組んでここまで下ってくる。夏の最盛期になると、その数は七千余りを数え、対岸の安東アントン繋留けいりゅうされる。これが冬場になると川は固く氷結し、木材を乗せたそりが一本のさおあやつられて滑って行く光景にお目にかかれるようになる。そのかたわらで市民がスケートを楽しむ姿も風物詩となるそうだ。
 国境を越えたら安東の駅に着いた。運転士、車掌がここで交替する。乗客も旅券の審査を受ける。ちなみに、パスポートが普及したのは第一次世界大戦中のことで、イギリスがドイツのスパイを入国させないための施策であったという。イギリスは世界中に植民地をもっていたから、あっという間に世界へ広がった。大戦が終わってからは、共産主義の活動家らを監視する目的で旅券審査は続けられた。何だか旅人を罪人扱いにするようだが、陸続きで国境を接する国々にとっては仕方のないことなのかもしれない。
 さすがに国際列車である。プラットホームを行き来する人々の服装がチョゴリから大掛児タアクワル長衫チャンサンといった満洲服に変わる。いよいよ満州へ来たという実感が沸いた。
 ここから奉天までの二百七十六キロを結ぶ安奉線あんぽうせんの車窓には、満州では珍しい緑山碧水りょくざんへきすいの景観が望める。遠く北方には伏義山ふくぎさん鳳凰山ほうおうざん鶏冠山けいかんざんなど長白山系ちょうはくさんけい峨々ががたる支脈が連なる。いわおの肌をあらわにそびえる鳳凰山は標高九〇〇メートル。天をするごときいただきには高句麗時代の城跡が残ると伝えられる。
 視界を戻せば、大遼河だいりょうが水系細河さいかの清流が巌頭がんとうの岩肌にぶつかって、泡立ちながら下っていく。岸に臨んでは雑木林が翠緑すいりょくいろどり、松の老木がはだえを露わに、盛衰の跡を伝えていた。人跡の絶えた山水の世界にときおり散在する民家は、まるで仙人の住処すみかを髣髴させる。中流に至れば、さおさす小舟の影も目を和ませる。
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