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後日談④
8-7☆
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セレモニーを終え、舞踏会を辞した後。今夜だけ解放された王宮前に集まったきり帰らないという民衆の歓呼の声にもう一度応えた時には、朧に霞む春の月はすでに天頂にかかっていた。
疲れ切った身体は、逆にふわふわと現実味なく軽く、民衆の熱気にあてられたような額はぼんやりと熱い。歓声に後ろ髪を引かれながら城内に引っ込んで、ふ、と。短く熱い息を吐き出したリオの頬を、アルトの白い指が滑った。
美しく潤んだ瞳に見つめられたと思った次の瞬間には、熱を帯びた唇に唇を吸われていて、頭の奥がとろりと潤む。
「ん。……アルト、くん」
「リオ。……ではまた、後程」
優しく重ねられた唇にうっとりしていたのに身を離されて、何だか寂しくなってしまう。けれど、離れた身体をささっと女官たちに囲まれて、まだ婚礼の儀式の途中であったことをハッと思い出す。
(そうだった! あと、あと……初夜、が)
意識した瞬間、一気に頭に血が上る。今更ながらに真っ赤になるその姿に、ふふっと笑ったアルトもまた、物言わぬ女官たちに囲まれていた。
二人の初夜の支度を託された女官たちは、半透明のヴェールに慎ましく顔を隠しながら、それぞれをそれそれの準備のために導いていく。あれよあれよと、別棟に導かれた二人は、これから二人の、夫婦としての初めての夜のための身支度を整えられるのだ。
黙秘の誓いを立ててこの役を任じられた彼女たちは、一言も口を利かない。リオも同じように黙しながら、胸の鼓動は速まるばかりだった。湯浴みだけはどうしてもと、一人で全てを済ませたものの、湯上りの身支度は彼女たちに任せるしかない。もはや恥ずかしいとか気まずいとか、そんなことを訴える権利もなく、リオは粛々と動く彼女たちの手を努力して受け入れた。
(清めて、着替えたら。……後は)
抱かれるだけ、と。わかってはいたが考えないようにしていた最後の段取りに、リオの心臓は弾け飛びそうだった。
この日のために仕立てられたと思しき、最上の肌触りの白い夜着を纏ったリオは、物言わぬ女官たちに手を引かれて王城の最奥へと足を運ぶ。――同じ城と呼ばれる建物でも、リオの故郷の城とは格が違う。白い石で作られた壁には、一つ一つが芸術品であるような燭台が立ち並び、灯された明かりが夜の廊下に柔らかな光を降らせる。廊下を飾る歴代の女王たちの肖像画や、麗しいばかりの調度品の間を歩きながら、ここは本当に自分が入っても良い場所だったのだろうかと。リオは少しだけ怖気づいた。
夫婦の新しい寝室まで導いた女官たちは、扉を開けた後はリオの後ろへと控えた。部屋にはすでにアルトがいて――リオと同じように、すっかり支度を終えているその姿に、抱えきれないほどの熱情がリオの胸を熱くする。
アルトは、リオがこれまで見たことのあるどんな部屋着よりも美しい、純白の夜着を身にまとっていた。新婚初夜に揃いの装いをして、甘く、優しい緊張に満たされた空間に二人は佇む。物言わぬ女官たちは役目を終え、沈黙の中に掲げられる最上の一礼を捧げて、部屋の扉を閉めた。もう、誰にも邪魔をされることはない。
「リオ」
アルトは、目の前の花嫁へと呼びかける。恥ずかしげに俯いていた彼がその顔を上げれば、水気を帯びた優しい青い瞳がアルトを一途に見つめる。その仕草も、眼差しに宿る色も。他のどんな言葉よりも雄弁に、彼の伴侶への愛を伝えていた。
愛しい人に愛される喜びに、アルトの胸が甘く震える。――この夜を、何よりも幸福な一夜にすることは、花婿であるアルトの責務だ。ほっそりとした身体を抱き寄せながら寝台に導き、優しく座らせながら、アルトは彼に言葉をかけた。
「お疲れは、大丈夫ですか?」
「うん。……いつもだったら、もう寝ちゃいたいけど」
そう笑ったリオは、これではとても眠れないと訴えるように、熱に蕩けた瞳でアルトを見上げた。
数多の人の祝福を受けて、彼も昂っているのだろう。言葉の端々に滲むのは、熱っぽい情欲と確かな期待だった。その期待に応えるため、アルトもまた寝台へと膝をつき、リオに口付ける。
「ん……」
すぐに深まる口付けの甘さに酔いながら、リオもそっと目を閉じて愛しい人に身を任せた。
長い口付けの後で、乱れた息を整える間も惜しむように身を乗り出したアルトが、リオの身体を柔らかく押し倒して寝台へと横たえる。一度は短くなってしまった髪は、再び伸ばされて背にかかるほどになっている。彼はまだ色々と悩むところがあるようだが、アルトとしては単純に、愛でる部位が多いほど嬉しい。シーツに広がった髪を優しく梳きながら、アルトは愛しげに目を細めた。
「私の愛しい人。……今夜からはあなたを、妻として抱くことができるのが嬉しい」
熱っぽく囁くアルトの愛の言葉に、口付けだけで赤く染まっていたリオの頬が、さらに真っ赤に色付いた。
はあ、と。悩ましい吐息をこぼしたリオは、愛の言葉を捧げ返そうとして。途中で恥ずかしくなったのか、するりと手を伸ばして、自分に覆い被さるアルトの身体をそっと引き寄せた。
「僕も……嬉しくて、何だか」
身体が、と。魅了の魔術をかけられてもいないのに、疼いて仕方のない熱を持て余しながらそう告げれば、アルトの瞳も抑え切れない熱情に揺らめいた。いつも紳士的な恋人の、獣のようなその瞳に、リオはごくりと息を呑む。
口付けの続きを強請るように目を閉じれば、望んだ熱はすぐに唇に与えられた。初めから深く激しい、貪るような口付けに、リオは甘やかな吐息を漏らす。
「ん……は、あ。アルト、くん」
「リオ……」
衣擦れの音を微かに響かせながら、もどかしい手つきで互いを求め合う。服が脱げるまでの間を待つことも煩わしく、二人は夢中で舌を絡め合いながら相手の身体を愛撫した。
一度唇を離したアルトは、リオの首筋へと顔を埋める。強く肌を吸われる甘い痛みに、リオが小さな声を漏らした。気持ちがよくて、頭がくらくらする。
口付けと愛撫が再開され、リオは再び緩やかに訪れる快楽の波に、自ら望んで身を委ねた。
疲れ切った身体は、逆にふわふわと現実味なく軽く、民衆の熱気にあてられたような額はぼんやりと熱い。歓声に後ろ髪を引かれながら城内に引っ込んで、ふ、と。短く熱い息を吐き出したリオの頬を、アルトの白い指が滑った。
美しく潤んだ瞳に見つめられたと思った次の瞬間には、熱を帯びた唇に唇を吸われていて、頭の奥がとろりと潤む。
「ん。……アルト、くん」
「リオ。……ではまた、後程」
優しく重ねられた唇にうっとりしていたのに身を離されて、何だか寂しくなってしまう。けれど、離れた身体をささっと女官たちに囲まれて、まだ婚礼の儀式の途中であったことをハッと思い出す。
(そうだった! あと、あと……初夜、が)
意識した瞬間、一気に頭に血が上る。今更ながらに真っ赤になるその姿に、ふふっと笑ったアルトもまた、物言わぬ女官たちに囲まれていた。
二人の初夜の支度を託された女官たちは、半透明のヴェールに慎ましく顔を隠しながら、それぞれをそれそれの準備のために導いていく。あれよあれよと、別棟に導かれた二人は、これから二人の、夫婦としての初めての夜のための身支度を整えられるのだ。
黙秘の誓いを立ててこの役を任じられた彼女たちは、一言も口を利かない。リオも同じように黙しながら、胸の鼓動は速まるばかりだった。湯浴みだけはどうしてもと、一人で全てを済ませたものの、湯上りの身支度は彼女たちに任せるしかない。もはや恥ずかしいとか気まずいとか、そんなことを訴える権利もなく、リオは粛々と動く彼女たちの手を努力して受け入れた。
(清めて、着替えたら。……後は)
抱かれるだけ、と。わかってはいたが考えないようにしていた最後の段取りに、リオの心臓は弾け飛びそうだった。
この日のために仕立てられたと思しき、最上の肌触りの白い夜着を纏ったリオは、物言わぬ女官たちに手を引かれて王城の最奥へと足を運ぶ。――同じ城と呼ばれる建物でも、リオの故郷の城とは格が違う。白い石で作られた壁には、一つ一つが芸術品であるような燭台が立ち並び、灯された明かりが夜の廊下に柔らかな光を降らせる。廊下を飾る歴代の女王たちの肖像画や、麗しいばかりの調度品の間を歩きながら、ここは本当に自分が入っても良い場所だったのだろうかと。リオは少しだけ怖気づいた。
夫婦の新しい寝室まで導いた女官たちは、扉を開けた後はリオの後ろへと控えた。部屋にはすでにアルトがいて――リオと同じように、すっかり支度を終えているその姿に、抱えきれないほどの熱情がリオの胸を熱くする。
アルトは、リオがこれまで見たことのあるどんな部屋着よりも美しい、純白の夜着を身にまとっていた。新婚初夜に揃いの装いをして、甘く、優しい緊張に満たされた空間に二人は佇む。物言わぬ女官たちは役目を終え、沈黙の中に掲げられる最上の一礼を捧げて、部屋の扉を閉めた。もう、誰にも邪魔をされることはない。
「リオ」
アルトは、目の前の花嫁へと呼びかける。恥ずかしげに俯いていた彼がその顔を上げれば、水気を帯びた優しい青い瞳がアルトを一途に見つめる。その仕草も、眼差しに宿る色も。他のどんな言葉よりも雄弁に、彼の伴侶への愛を伝えていた。
愛しい人に愛される喜びに、アルトの胸が甘く震える。――この夜を、何よりも幸福な一夜にすることは、花婿であるアルトの責務だ。ほっそりとした身体を抱き寄せながら寝台に導き、優しく座らせながら、アルトは彼に言葉をかけた。
「お疲れは、大丈夫ですか?」
「うん。……いつもだったら、もう寝ちゃいたいけど」
そう笑ったリオは、これではとても眠れないと訴えるように、熱に蕩けた瞳でアルトを見上げた。
数多の人の祝福を受けて、彼も昂っているのだろう。言葉の端々に滲むのは、熱っぽい情欲と確かな期待だった。その期待に応えるため、アルトもまた寝台へと膝をつき、リオに口付ける。
「ん……」
すぐに深まる口付けの甘さに酔いながら、リオもそっと目を閉じて愛しい人に身を任せた。
長い口付けの後で、乱れた息を整える間も惜しむように身を乗り出したアルトが、リオの身体を柔らかく押し倒して寝台へと横たえる。一度は短くなってしまった髪は、再び伸ばされて背にかかるほどになっている。彼はまだ色々と悩むところがあるようだが、アルトとしては単純に、愛でる部位が多いほど嬉しい。シーツに広がった髪を優しく梳きながら、アルトは愛しげに目を細めた。
「私の愛しい人。……今夜からはあなたを、妻として抱くことができるのが嬉しい」
熱っぽく囁くアルトの愛の言葉に、口付けだけで赤く染まっていたリオの頬が、さらに真っ赤に色付いた。
はあ、と。悩ましい吐息をこぼしたリオは、愛の言葉を捧げ返そうとして。途中で恥ずかしくなったのか、するりと手を伸ばして、自分に覆い被さるアルトの身体をそっと引き寄せた。
「僕も……嬉しくて、何だか」
身体が、と。魅了の魔術をかけられてもいないのに、疼いて仕方のない熱を持て余しながらそう告げれば、アルトの瞳も抑え切れない熱情に揺らめいた。いつも紳士的な恋人の、獣のようなその瞳に、リオはごくりと息を呑む。
口付けの続きを強請るように目を閉じれば、望んだ熱はすぐに唇に与えられた。初めから深く激しい、貪るような口付けに、リオは甘やかな吐息を漏らす。
「ん……は、あ。アルト、くん」
「リオ……」
衣擦れの音を微かに響かせながら、もどかしい手つきで互いを求め合う。服が脱げるまでの間を待つことも煩わしく、二人は夢中で舌を絡め合いながら相手の身体を愛撫した。
一度唇を離したアルトは、リオの首筋へと顔を埋める。強く肌を吸われる甘い痛みに、リオが小さな声を漏らした。気持ちがよくて、頭がくらくらする。
口付けと愛撫が再開され、リオは再び緩やかに訪れる快楽の波に、自ら望んで身を委ねた。
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