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後日談④
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事前に発表のあった通りに、滞りなく。春の雪解けの季節に、その婚礼は行われた。
例年よりも温かいくらいの気温に、冬の名残も解け切って。道々の片隅にも姿を見せる春の片鱗に、人々の心も浮かれる季節。まるで天候さえも二人を祝福しているかのような晴天の下で、王都の魔法使いたちは老若男女入り乱れてその時を待っていた。
王族の結婚式は、全て王城で行われるのが慣例だが。国民に人気高い王太子の婚礼とあって、今回は特別に、街の大聖堂が会場として選ばれている。王都の夫婦たちは、己らも愛を誓った聖堂で、王太子とその花嫁が指揮を上げてくれることを殊の外喜び。流石に非公開とされたその式が終わるのを、今か今かと待ち侘びていた。
聖堂に忍び込もうとする子供も後を絶たなかったために、警護の兵たちも大忙しであることに違いはなかったが――何しろめでたい祭りの席の出来事だ。さしたる咎めもなく、悪戯な猫の子にするように首根っこを捕まえられて次々に放逐される子供たちの姿は、早速祝い酒の回りつつある大人たちのいい肴だった。――その子たちの親ばかりは、酔いも醒まして平謝りではあったけれど。
契約を重んじる魔法使いたちの婚礼は、本来儀式的かつ厳格なものだ。華やかなるものを愛する当代女王陛下の意向によって、随分と明るい雰囲気にアレンジはされたものの、それでも堅苦しい印象は否めなかったが。パレードの準備万端で待ち受ける王都はかつてない華やぎに溢れ、その浮き足立った空気が更に祝祭の雰囲気を盛り上げていた。
挙式の後は、そのまま街の広場へ繰り出すパレードが予定されている。
その時を待ち侘びて聖堂に詰めかける民衆たちの目前で、聖堂の扉が開き、誓いを終えた若い二人が介添人と共に姿を現す。王太子夫婦の介添人に選ばれた人影はどちらも小さい、パルミールの誇る誉れ高き幼形成熟だ。その実力に反して、リングガールのような愛らしささえあるその二人も、婚礼の場に相応しく思われた。
パレードのための馬車が門を出るまで、歓声を禁じられている魔法使いたちはざわざわと隣隣の人々と細やかな感動を囁き合う。
――王太子殿下はお美しい、妃殿下となられる方は奥ゆかしい。まして、如何にも想い合っていると解るその手の触れ合わせ方などは、お二人の若さもあって眩しいほどだ。
長い婚礼衣装の裾を気にしていらっしゃるのか、上手く馬車に乗り込めずに、困っているようだった妃殿下を。いとも軽々王太子殿下がお抱きになった瞬間には、若い娘たちのいくらかが歓声禁止の約束を破ってきゃあと黄色い悲鳴を上げる。その歓声を聞き咎めたのだろうか、お二人は一瞬顔を合わせ、そうして微笑むと、民衆に向けて優しく手を振ってくださった。まるで物語に描かれるような美しい情景に、ついに隠しようもない歓声が我先にと溢れ出す。
事前に割り当てられた場所から誰もがはみ出しながら、一心に祝福を捧げる民衆たちの姿に微笑み返すお二人は品よく美しく――恋人を持つ娘たちは皆、今の相手との結婚式を夢想して、ふふと甘く微笑んだのだった。
想定以上であった民衆の歓喜を受けて、王城でのパーティーは開始時刻を押してしまった。運営進行役は顔色悪く落ち着きなく、しかし時間ができたならと、最後の最後までパーティー会場の設営を確認するために走り回っている。
庭師は、この日に合わせて育てた大輪の薔薇の美しさに満足していたし、料理人たちはいつでも最高の料理を温かいまま何人にでも提供できるよう、準備を万端に整えていた。
二人の婚礼に、誰よりも乗り気であられた女王陛下のご提案で、今夜は夜通しの舞踏会が開かれることが決まっている。この喜ばしい席に参列を許された高位貴族たちは、愛息子の婚礼に、この上なく機嫌の良い麗しの女王陛下への言祝ぎを尽くした。
一時期は、よろしからぬ噂も流れた妃殿下だが。他でもない女王陛下がその姫君を気に入り可愛がっているとあらば、根も葉もない噂話などのために地位を失う気はない貴族たちはみな貝のように口を噤んだ。そもそも妃殿下となられる方は、女王陛下の朋友でもある女将軍ファランディーヌの愛娘。悪口雑言など向けようものなら、どこから魔弾が飛んでくるかも分からない。
慶事の使者に選ばれた光栄に顔を輝かせた連絡官が、まず先触れにと広間に飛び込んでくる。それから間もなくして、本日の主役となるお二人が姿を現し、会場は割れんばかりの祝福の歓声に包まれた。散々民衆の間から祝福を受けてきたのだろうお二人が、なおも恥ずかしげに顔を見合わせ、微笑んだ。
王太子が、長らく不在の王子であったこと。深層の妃殿下が、未だ社交界に不慣れなことから。どこか初々しさが色濃く残る二人の元へ貴族たちは押し寄せ、祝福の言葉をかける。
政略結婚においては、婚礼の場が、側室候補の選別の場であることもありがちだ。華やかに着飾った娘たちの中には、躍起になっている者も少なくはなかったが――姿を現した新郎新婦当人が、いかにも互いしか見えぬとばかりに見つめ合ってばかりいるものだから。さしもの野心家たちも、恋に恋する過激な乙女も、思わず苦笑いを零しながら身を引く他になかったのだった。
例年よりも温かいくらいの気温に、冬の名残も解け切って。道々の片隅にも姿を見せる春の片鱗に、人々の心も浮かれる季節。まるで天候さえも二人を祝福しているかのような晴天の下で、王都の魔法使いたちは老若男女入り乱れてその時を待っていた。
王族の結婚式は、全て王城で行われるのが慣例だが。国民に人気高い王太子の婚礼とあって、今回は特別に、街の大聖堂が会場として選ばれている。王都の夫婦たちは、己らも愛を誓った聖堂で、王太子とその花嫁が指揮を上げてくれることを殊の外喜び。流石に非公開とされたその式が終わるのを、今か今かと待ち侘びていた。
聖堂に忍び込もうとする子供も後を絶たなかったために、警護の兵たちも大忙しであることに違いはなかったが――何しろめでたい祭りの席の出来事だ。さしたる咎めもなく、悪戯な猫の子にするように首根っこを捕まえられて次々に放逐される子供たちの姿は、早速祝い酒の回りつつある大人たちのいい肴だった。――その子たちの親ばかりは、酔いも醒まして平謝りではあったけれど。
契約を重んじる魔法使いたちの婚礼は、本来儀式的かつ厳格なものだ。華やかなるものを愛する当代女王陛下の意向によって、随分と明るい雰囲気にアレンジはされたものの、それでも堅苦しい印象は否めなかったが。パレードの準備万端で待ち受ける王都はかつてない華やぎに溢れ、その浮き足立った空気が更に祝祭の雰囲気を盛り上げていた。
挙式の後は、そのまま街の広場へ繰り出すパレードが予定されている。
その時を待ち侘びて聖堂に詰めかける民衆たちの目前で、聖堂の扉が開き、誓いを終えた若い二人が介添人と共に姿を現す。王太子夫婦の介添人に選ばれた人影はどちらも小さい、パルミールの誇る誉れ高き幼形成熟だ。その実力に反して、リングガールのような愛らしささえあるその二人も、婚礼の場に相応しく思われた。
パレードのための馬車が門を出るまで、歓声を禁じられている魔法使いたちはざわざわと隣隣の人々と細やかな感動を囁き合う。
――王太子殿下はお美しい、妃殿下となられる方は奥ゆかしい。まして、如何にも想い合っていると解るその手の触れ合わせ方などは、お二人の若さもあって眩しいほどだ。
長い婚礼衣装の裾を気にしていらっしゃるのか、上手く馬車に乗り込めずに、困っているようだった妃殿下を。いとも軽々王太子殿下がお抱きになった瞬間には、若い娘たちのいくらかが歓声禁止の約束を破ってきゃあと黄色い悲鳴を上げる。その歓声を聞き咎めたのだろうか、お二人は一瞬顔を合わせ、そうして微笑むと、民衆に向けて優しく手を振ってくださった。まるで物語に描かれるような美しい情景に、ついに隠しようもない歓声が我先にと溢れ出す。
事前に割り当てられた場所から誰もがはみ出しながら、一心に祝福を捧げる民衆たちの姿に微笑み返すお二人は品よく美しく――恋人を持つ娘たちは皆、今の相手との結婚式を夢想して、ふふと甘く微笑んだのだった。
想定以上であった民衆の歓喜を受けて、王城でのパーティーは開始時刻を押してしまった。運営進行役は顔色悪く落ち着きなく、しかし時間ができたならと、最後の最後までパーティー会場の設営を確認するために走り回っている。
庭師は、この日に合わせて育てた大輪の薔薇の美しさに満足していたし、料理人たちはいつでも最高の料理を温かいまま何人にでも提供できるよう、準備を万端に整えていた。
二人の婚礼に、誰よりも乗り気であられた女王陛下のご提案で、今夜は夜通しの舞踏会が開かれることが決まっている。この喜ばしい席に参列を許された高位貴族たちは、愛息子の婚礼に、この上なく機嫌の良い麗しの女王陛下への言祝ぎを尽くした。
一時期は、よろしからぬ噂も流れた妃殿下だが。他でもない女王陛下がその姫君を気に入り可愛がっているとあらば、根も葉もない噂話などのために地位を失う気はない貴族たちはみな貝のように口を噤んだ。そもそも妃殿下となられる方は、女王陛下の朋友でもある女将軍ファランディーヌの愛娘。悪口雑言など向けようものなら、どこから魔弾が飛んでくるかも分からない。
慶事の使者に選ばれた光栄に顔を輝かせた連絡官が、まず先触れにと広間に飛び込んでくる。それから間もなくして、本日の主役となるお二人が姿を現し、会場は割れんばかりの祝福の歓声に包まれた。散々民衆の間から祝福を受けてきたのだろうお二人が、なおも恥ずかしげに顔を見合わせ、微笑んだ。
王太子が、長らく不在の王子であったこと。深層の妃殿下が、未だ社交界に不慣れなことから。どこか初々しさが色濃く残る二人の元へ貴族たちは押し寄せ、祝福の言葉をかける。
政略結婚においては、婚礼の場が、側室候補の選別の場であることもありがちだ。華やかに着飾った娘たちの中には、躍起になっている者も少なくはなかったが――姿を現した新郎新婦当人が、いかにも互いしか見えぬとばかりに見つめ合ってばかりいるものだから。さしもの野心家たちも、恋に恋する過激な乙女も、思わず苦笑いを零しながら身を引く他になかったのだった。
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