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後日談③
7-4
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流石に屋敷中にまでは聞こえることのなかったオリガの大声だが、しかし聞こえた使用人たちによって屋敷中に拡散されたので、結局は同じことだった。
オリガ一人に任せるなんてとんでもない! と。我も我もと増える一方の志願者を得て、最終的には出勤中の使用人たち総出の会議が終わり、決まった品は――《指輪》だった。
「インパクトには欠けるかも知れませんが、王道の贈り物には、王道でお返しするのが正当かと!」
結婚指輪は結婚指輪として、式の当日に交換するのが慣わしだが。それはそれとして、装飾品の返礼には装飾品が望ましい。贈られた品と対になるデザインを選べばいいので探しやすいし、互いに身に付ければ、会えない間も相手の存在を感じることができる。
そんなことを、白熱した返礼品会議によって少しボロボロになりつつも自信満々なオリガに説明を受けたリオは、有難いとは思いつつ顔から火を噴きそうだった。
(そんな、全員で考えてくれなくてもよかったのに……!)
おかげで、今回のプロポーズに是の返答をしようとしていることまで、一瞬で知れ渡ってしまった。元々家人に隠し切れるものでもないが、あまりにも急激に祝福の眼差しを注がれ続けたリオは、恥ずかしさのあまりに再び布団に籠城してしまったのだった。
「失礼いたします、リオ様」
「……エルドラ」
丁寧なノックの音の後に、少年姿の頼れる侍従が姿を覗かせる。慰めてくれにきたのか、それとも活を入れにきたのか。どちらもありそうでドキドキするリオの顔を覗き込むようにすると、エルドラは無言のまま瞳を眇めた。
「……お元気そうですね」
どうやら、顔色のチェックをされていたらしい。頷いて身を引いたエルドラは、それでは、と。リオをベッドから引っ張り出した。
「エルドラ?」
「善は急げと申しましょう。アルタイア様の、次の来訪予定は明日の夜。となれば、今日こそが買い物の好機かと」
私が付き添わせていただきますので、と。どこか誇らしげに言い放ったエルドラは、さっさとリオの服を脱がせ、せっせとドレスを着付けていく。あれよあれよと身支度を整えられながら、えっえっ、と。リオはみっともなくおたついていた。
「あ、明日のお昼でも」
「殿下のご来訪前にお疲れになっては、夜に障りがありましょう」
さらりと当たり前のように紡がれた、閨への気遣いの滲むその一言に、リオはますます狼狽えて噎せてしまった。
それはそうだ。それは正論ではあるのだけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいし、ベッドへの引きこもり状態から気持ちが切り替わらないのも仕方がない。
「あの、その、心の準備がまだ」
「少し遠出になりますので、馬車の中でごゆっくりご整理ください」
声はとても優しいのに、あまりにも容赦がない。有無を言わさずさかさかと髪を梳かされ、可愛らしい宝石飾りのピンで器用に飾り立てられる。――短くなった髪で帰宅したときには、知らせを出していたにも関わらず、屋敷を挙げての大騒ぎになってしまった。
王都周辺の魔獣を狩り尽くして来ます! と。泣き怒るオリガを誰も止めようとしなかったので、その時はリオが必死に止めるしかなかったのだけれど。密かに一番気にしていたのはエルドラで、彼はその日からずっと、護法の魔道具の開発に余念がない。
美しい装飾品にしか見えないこのピンの一つ一つも、エルドラが夜な夜な作成しているというお守りの試作品たちだった。
(お買い物、なら、街だと思うんだけど)
そんなに気合を入れなくても危険はないのでは、などと。口を差し挟む隙もなく全身を整えられてしまったリオは、鏡に映る己の姿とエルドラの腕前に、少し感動してしまった。髪が短くても、女の子に見える。
それがいいことなのかどうかはまあ、少し保留にするとして。彼の侍従としての腕前と、リオを想ってくれる真心は本物だ。
実際、冷静になってみれば。プロポーズ後の初訪問で、さらに返事を保留なんて失礼極まりない。受けると決めたからには一刻も早く受諾の意を伝えなければいけないし、そのためにはきっかけとなる品があった方がいい。
「はい、よろしいですよ。すぐに馬車の手配を済ませてきますね」
「う、うん。ええと、その、どこに行くの?」
「東方の騎士国との国境付近に、魔宝石で栄えた街がありますので、そちらがよろしいかと。私も装いを相応しいものに整えて参りますので、少々お時間をいただきます。お部屋でお待ちください」
そう口にすると、エルドラは優美かつ俊敏な動きで、しゅっ、と。リオの部屋から退出していった。
残されたリオは、まだ落ち着きのない心拍を宥めながら、エルドラに言われた通りに心の整理を頑張ろうと努力する。
(騎士国……だと、えっと。テオくんの国だったり、するのかな)
今度、彼からもちゃんと故郷の話を聞いておきたいな、と。そんなことを思ったリオは――そう言えば、いつもきちんとした格好のエルドラがする正装とはいかなるものかと。少し、興味を惹かれたのだった。
オリガ一人に任せるなんてとんでもない! と。我も我もと増える一方の志願者を得て、最終的には出勤中の使用人たち総出の会議が終わり、決まった品は――《指輪》だった。
「インパクトには欠けるかも知れませんが、王道の贈り物には、王道でお返しするのが正当かと!」
結婚指輪は結婚指輪として、式の当日に交換するのが慣わしだが。それはそれとして、装飾品の返礼には装飾品が望ましい。贈られた品と対になるデザインを選べばいいので探しやすいし、互いに身に付ければ、会えない間も相手の存在を感じることができる。
そんなことを、白熱した返礼品会議によって少しボロボロになりつつも自信満々なオリガに説明を受けたリオは、有難いとは思いつつ顔から火を噴きそうだった。
(そんな、全員で考えてくれなくてもよかったのに……!)
おかげで、今回のプロポーズに是の返答をしようとしていることまで、一瞬で知れ渡ってしまった。元々家人に隠し切れるものでもないが、あまりにも急激に祝福の眼差しを注がれ続けたリオは、恥ずかしさのあまりに再び布団に籠城してしまったのだった。
「失礼いたします、リオ様」
「……エルドラ」
丁寧なノックの音の後に、少年姿の頼れる侍従が姿を覗かせる。慰めてくれにきたのか、それとも活を入れにきたのか。どちらもありそうでドキドキするリオの顔を覗き込むようにすると、エルドラは無言のまま瞳を眇めた。
「……お元気そうですね」
どうやら、顔色のチェックをされていたらしい。頷いて身を引いたエルドラは、それでは、と。リオをベッドから引っ張り出した。
「エルドラ?」
「善は急げと申しましょう。アルタイア様の、次の来訪予定は明日の夜。となれば、今日こそが買い物の好機かと」
私が付き添わせていただきますので、と。どこか誇らしげに言い放ったエルドラは、さっさとリオの服を脱がせ、せっせとドレスを着付けていく。あれよあれよと身支度を整えられながら、えっえっ、と。リオはみっともなくおたついていた。
「あ、明日のお昼でも」
「殿下のご来訪前にお疲れになっては、夜に障りがありましょう」
さらりと当たり前のように紡がれた、閨への気遣いの滲むその一言に、リオはますます狼狽えて噎せてしまった。
それはそうだ。それは正論ではあるのだけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいし、ベッドへの引きこもり状態から気持ちが切り替わらないのも仕方がない。
「あの、その、心の準備がまだ」
「少し遠出になりますので、馬車の中でごゆっくりご整理ください」
声はとても優しいのに、あまりにも容赦がない。有無を言わさずさかさかと髪を梳かされ、可愛らしい宝石飾りのピンで器用に飾り立てられる。――短くなった髪で帰宅したときには、知らせを出していたにも関わらず、屋敷を挙げての大騒ぎになってしまった。
王都周辺の魔獣を狩り尽くして来ます! と。泣き怒るオリガを誰も止めようとしなかったので、その時はリオが必死に止めるしかなかったのだけれど。密かに一番気にしていたのはエルドラで、彼はその日からずっと、護法の魔道具の開発に余念がない。
美しい装飾品にしか見えないこのピンの一つ一つも、エルドラが夜な夜な作成しているというお守りの試作品たちだった。
(お買い物、なら、街だと思うんだけど)
そんなに気合を入れなくても危険はないのでは、などと。口を差し挟む隙もなく全身を整えられてしまったリオは、鏡に映る己の姿とエルドラの腕前に、少し感動してしまった。髪が短くても、女の子に見える。
それがいいことなのかどうかはまあ、少し保留にするとして。彼の侍従としての腕前と、リオを想ってくれる真心は本物だ。
実際、冷静になってみれば。プロポーズ後の初訪問で、さらに返事を保留なんて失礼極まりない。受けると決めたからには一刻も早く受諾の意を伝えなければいけないし、そのためにはきっかけとなる品があった方がいい。
「はい、よろしいですよ。すぐに馬車の手配を済ませてきますね」
「う、うん。ええと、その、どこに行くの?」
「東方の騎士国との国境付近に、魔宝石で栄えた街がありますので、そちらがよろしいかと。私も装いを相応しいものに整えて参りますので、少々お時間をいただきます。お部屋でお待ちください」
そう口にすると、エルドラは優美かつ俊敏な動きで、しゅっ、と。リオの部屋から退出していった。
残されたリオは、まだ落ち着きのない心拍を宥めながら、エルドラに言われた通りに心の整理を頑張ろうと努力する。
(騎士国……だと、えっと。テオくんの国だったり、するのかな)
今度、彼からもちゃんと故郷の話を聞いておきたいな、と。そんなことを思ったリオは――そう言えば、いつもきちんとした格好のエルドラがする正装とはいかなるものかと。少し、興味を惹かれたのだった。
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