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後日談②

6-4☆

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 果たして、その祈りは無事に通じて――と言うかそもそも、今回もその前も、大きな危険のある戦場ではなかったのだが。そんなことは知らないリオは、無事に戻ってきたアルトに心から安堵した。

「お帰りなさい、アルトくん」
「ただ今戻りました、リオ」

 そっと微笑んだアルトが、じっとリオの顔を見つめてくるので、何だか恥ずかしくなってきてしまう。
 もしかして今日のことを怒られたり、と。マイナスの方面に思考を傾けかけたリオが、恐る恐る首を傾げた。

「何かあった……?」
「いえ。あなたに帰りを迎えていただけるのは、嬉しいことだなと」

 改めて思っただけです、と。しみじみ呟くアルトの眼差しは、とても優しい。そんな風に思ってもらえることにこそばゆくなって、リオはほんのりと赤くなった頬を隠そうと俯いた。

「ええと、えっと……お茶を、淹れるね。座って休んで?」

 リオとアルトが休む天幕には、流石に離宮のものよりも大きさは抑えられているが、十分に豪華で良質な家具が用意されている。落ち着きなく傍らの椅子を勧めれば、アルトは素直に腰を落ち着けてくれたので、リオはミアの手を借りながらお茶の用意を始めた。
 今回はついて来られなかったエルドラに、屋敷で教えてもらった通りの手順を踏めば、茶葉からはとてもいい香りが立ち上る。白い湯気を揺らすカップをアルトに手渡せば、ありがとうございます、と。丁寧な礼を口にしてもらえた。
 いつもと変わらないアルトの姿に安堵して、自分の分も用意したリオがアルトの隣に座れば、そっと頭を撫でられる。

「リオもお疲れさまでした。回復薬を配ってくださったそうですね」
「うん。少ししかお手伝いできなかったけど……あんなに少ない量でも、大丈夫なの?」

 専用の瓶に詰められていたからには、あれが適正量なのだろうけれど。あの液体を水と同じように考えるのなら、一口分もあるかどうかにしか見えなかった。そんなことを思いながら尋ねたリオに、アルトは大丈夫ですよと笑って答えた。

「魔力は自己回復もしますから。本人にひとまず、体調不良を脱することが出来る程度の回復力が残されていれば。……ですが」

 そこで言葉を区切ったアルトに、再びじっ、と。熱い視線を注がれて、リオは性懲りもなく赤くなってしまう。
 ずっと傍にいても、肌を重ねる関係であっても。それでもその美貌に慣れることはないリオがあたふたと視線を逸らせば、アルトはそのいつまでも初々しい様子に気付いたように笑った。

「すみません。……今回は、薬の効き目以上に回復の効果が出たと、皆が声高に話をしていましたので」
「えっ?」
「妃殿下は強化魔法の使い手なのかと、幾人かに問い詰められもしたのですが……あなたに覚えはないようですね」

 勿論だ。少し情けない気持ちもあるが、リオはこくこくと素直に何度も頷いた。
 生粋の人間であるリオは、生まれ持っての魔力など欠片も持ち合わせていないし、万が一あったとしても使い方がさっぱり解らない。それでも、心当たりがあるとすれば。

「……あ。ええと、人間は。魔法使いの力を増幅させる、っていう」

 そんな古い言い伝えを思い出したリオが、そうたどたどしく口にすれば、すでにそこに辿り着いていたらしいアルトが一つ頷いた。

「真偽のほどは解らない、本当に古い言い伝えですが……こうも証言者が多いとなると、あながち与太話でもないのかもしれませんね」
「そうなんだ……」

 つまりはリオにも、役に立ち所があるということだろうか。
 それならもう少し良いお手伝いができるのでは、と。にわかにワクワクし始めたリオだったが、その表情だけで全て筒抜けであったらしい。だめですよ、と。苦笑と共に釘を刺されてしまった。

「まだ確定していないことですし。……それに、もしもその力が本当であっても、まだ公にするわけにはいきませんから」
「そうなの?」
「ええ。あなたは我々魔法使いに対して、とても好感を抱いてくれているようで。それを嬉しく思いますが」

 それでも魔法使いたちも決して、良い心を持ったものばかりではありませんから、と。諭されて、リオの胸は小さく痛んだ。
 幼いエルドラを拐かし、暴力を振るったという人さらいや、アルトを苦しめた事件の首謀者であったレーヴィン。
 どこにいても、どんな力を持っていても。誰もが皆、無償の善意と優しさを備えているわけではない。それはリオも、もう理解しているつもりだった。

「当分の間は、あなたの出自についても、みだりには口になさらない方が良いでしょう。ファランディーヌ様を疑う魔法使いは、それほど数も多くないとは思いますが」

 うん、と。素直に頷きながら己を顧みて、そう言えば自身の出自については、女装がバレないようにとの気持ちが強過ぎて考えたこともなかった自分に気付く。
 殊更に、人間であると宣言する機会があるとも思えないが。リオはただでさえ、腹芸が苦手な性格だ。ボロを出して、周囲に迷惑をかけることだけはないよう、注意していきたい。

「リオの国に伝わるような、食人の習慣は流石に聞いたことがありませんが、短慮を起こすものは大概愚かな者です。……そして」

 まだ何か懸念があるのか、と。やや身構えながらアルトを見つめ返せば、彼はじっとリオを見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「あなたの力が外に知れ渡れば……あなたを手に入れたいと、躍起になる輩が増えることでしょう」

 それは我慢なりません、と。真剣極まりない顔で言い放ったアルトに、両の手をギュッと握り締められて。リオは突然の不意打ちに、真っ赤になって硬直してしまった。

「え……と。あの、でも、そんなことには、多分……」

 ならないんじゃないかな、と。ごにょごにょと答えつつ、助けを求めるように彷徨わせた視線の先で、にこっと美しく微笑んだミアが、それでは、と。慎ましく膝を折り、頭を下げた。

「私共はそろそろ下がらせていただきます。何かご用命がありましたら、改めてご連絡くださいませ」

 リオが動揺している間に、他の女官たちもにこやかな目礼を残して、そそくさと天幕を出て行ってしまう。示し合わせていたわけでもないだろうに、あまりに手際のいい退出だ。

「……お。お茶の! おかわりは」
「リオ」

 至近距離で名を呼ばれただけで、過剰にも飛び上がりそうになってしまったリオの瞳を、アルトはじっと覗き込んできた。
 魅惑の金色は、今は気配を潜めていると言うのに。炎のように熱く眩いその瞳に見つめられるだけで、リオは息が上がりそうになってしまった。今更とも言える緊張に震えるリオの頬を、そっと優しい指先でなぞりながら、アルトがゆっくりと口を開く。

「あなたを、私だけのものにしてしまいたい。……他の誰にも、奪われないように」
「ええと、あのね。アルトくん、その、本当に」

 そんなことにはならないと思うよ、と。ロマンティックな空気を読まずに彼を宥めようとしたリオの声は、ごくごく自然に重ねられた唇に飲み込まれて消えてしまった。
 一度離れて、もう一度、と。深く深く口づけられて、リオの思考がゆっくりと蕩けていく。きつく絡み合わされた舌から、下腹に甘い衝動が走った。魔獣の問題が一段落着くまでは、それどころではないと理解しながら――抱かれることに慣れ始めた身体が、この先を予感して勝手に潤み出す。
 あまりに長い口付けに息も絶え絶えになった頃、ようやく解放されたリオはアルトの胸にもたれかかって息を整えた。熱くなった頬や身体を宥めるように、その背を撫でられてひくりと震えてしまう。

「……ふふ。もう、休みましょうか」

 あなたに触れられないのは残念ですが、などと。そう告げられて、選択肢もなくそのまま同衾したリオは――あなたがここにいてくれて嬉しい、と。抱き枕にされながら、彼が寝落ちるまで何度も繰り返されて、とても眠るどころではなくなってしまった。
 これは触られている内に入らないのか……などと。どこか間の抜けた現実逃避をしながら、リオはせめて朝が来るまでに少しでも眠れるようにと、一生懸命に目を閉じた。
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