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第三章
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しおりを挟む星が数多降り注いだ夜から、一夜が明けた。
目が覚めた瞬間に視界に飛び込んできた美の結晶に、驚いたリオがベッドから転がり落ちかけるという軽いトラブルを経て。リオたちは二人で、そっと屋敷を抜け出すことにした。
「まずはあなたの身柄を、我々の拠点に預けていただきたく思っています。よろしいでしょうか?」
「う、ん。でも……僕のために、みんながたくさん、魔法を残していってくれてるんだけど」
これとか、と。己の首元に輝く銀筒の首飾りを見せれば――マイラの魔道具ですね、と。アルトが美しい目を眇める。見ただけで? と。驚いてしまったリオは、パチリと一つ瞬いた。
「誰の魔法なのかも分かるの?」
「ええ。彼女の魔力は珍しいものですし……何より、以前には、私の首に飾られていたものですから」
今は何の飾りも身に着けていない、白い首元を示したアルトが、そう言って小さく苦笑する。
昨夜の色仕掛けの名残か、どこか婀娜めいて見えるその首筋にくらりとするものを感じつつ、そうか、と。リオは納得した。
(マイラは、エヴァ様の傍仕えだから)
きっと、幼き日のアルトとも面識があったことだろう。何なら彼も、マイラの教え子だったりするのかもしれない。外見では、エルドラと比べてもマイラの方が若く見えるくらいなので、ちょっと不思議な気はするけれど。
「それは外していただいて。そうですね、この寝台の上に置いておくのがいいでしょう。屋敷の使い魔たちは……今から、私が誤魔化しておきます」
あなたが、まだここにいらっしゃるように、と。そう口にしたアルトは、寝台に手を触れて、何かを念じているようだった。
邪魔してはいけないかなと、リオは物音を立てないように寝台に腰を下ろす。自分で首裏に手を回し、少し不器用に首飾りの留め具を外した。
細く差し込む朝日に美しく輝く首飾りを、手のひらから寝台に移そうとしたその瞬間。チクリと胸を刺した痛みに、リオは表情を曇らせる。
(……ごめんなさい)
リオを気遣い、守ろうとしてくれた優しい魔法使いたち。彼や彼女の厚意を無にする罪悪感は胸に確かな影を落としたけれど。それでも、リオはアルトに力を貸してあげたかった。
せめて優しく丁寧にシーツの上に首飾りを置いて、行ってきます、と。声には出さずに別れを告げている内に、アルトの準備も終わったようだ。リオの複雑な心中を慮ってか、急かすことはせず、そっと手に手を重ねて目線を合わせてくる。
「あなたに約束を破らせてしまい、申し訳ありません」
「ううん。僕が自分で、行くって決めたから」
これ以上、彼が背負う重荷を増やしてはいけない。リオが本心からそう伝えれば、アルトはどこか眩しそうに微笑んだ。
昨夜の苦悩の一部なりとも、払うことはできたのだろうか。まだ仄かに暗さの残る早朝の薄明りの中、髪と瞳を輝かせる彼はますます美しい。故郷の神話に描かれる、暁の青年神のようだ。
(よく、眠れたかな)
正直言ってリオの方は、昨夜の突然の口付けの動揺はなはだしく。いつ寝たのかそもそも眠れたのかも実感できないまま朝を迎えたという体たらくだったのだが、アルトの方はどうだったのだろうか。
傍目には、昨夜よりも顔色を回復させた彼は、昨夜自分が入ってきた窓辺に寄って行く。何となくリオも後に続けば、かたりと音を立てて窓を開けたアルトが風の様子を確かめてから頷いた。
「嵐は静まったようですね。……では、しばしご辛抱を」
辛抱? と。首を傾げたリオの腰に、突然力強い手が回されて、ひゃっと一瞬で緊張する。痩せてはいるが、決し軽いという訳ではないだろうリオを軽々と抱きかかえて、アルトは窓から飛び降りた。
「――ふぎゃっ?」
リオは思わずアルトにしがみつき、変な悲鳴を上げてしまったが。そもそも彼は、昨夜、三階の窓から入って来たのだった。
魔法使いは空を飛べるのだろうかというふわりとした疑問の回答を、実体験から得てしまったリオは目を白黒させつつ、こんな機会は滅多になかろうと一生懸命目を凝らした。
「たっ、高いね……?」
「ご不安でしたら、どうぞ私の胸に顔を」
その提案は違う意味でドキドキしてしまうので、謹んで辞退する。
リオの常識からすれば遥か下に見える地面を眺める経験に、目が眩んだ。十分見慣れたはずだったアスタリス邸の庭が、まるで見たことのない場所のように見える。
「手前の森に、馬車を隠してあります。街に人が増え出す時間帯までには、辿り着いてしまいましょう」
「う、うん」
束の間の空中散歩を終えて、丁寧に地面に下ろしてもらってなおつんのめりながら、アルトの言葉に素直に頷く。
ちらりと屋敷を振り返り、浮かんだいくつもの顔にそっと謝罪を並べ立てると、リオはもう振り向かずに前を向いた。
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