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第二章
2-15(了)
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「まあ、これも似合う……! 可愛いわ」
軽やかにはしゃぐ女王の着せ替え人形になって、一時間ほどが経過しただろうか。リオは初めからずっと緊張し続けていて、そろそろ肩が凝ってきた。
(絶対似合ってないし……!)
色めいて笑うシスター姿の女性たちが、あちらこちらから運んでくる服たちは、あまりにも華美と可憐が度を越していて。リオにはサイズくらいしか合いそうにない。それでもこれが彼女たちの娯楽なのか、朗らかに楽しげな彼女たちの好きなように髪を梳かされ、メイクの趣を変えられ、華美なドレスアップを繰り返された。
シスターの扮装は目くらましで、実際の所は王宮仕えの侍女たちであるというのが妥当な所だろうか。五着目くらいからぐったりしてきたリオに、お茶を淹れたり茶菓子を差し入れたり。とにかく好意しか感じないことは確かなのだが、どこを見てもエッチなお姉さんと言う環境は思春期の情緒に大変に厳しかった。
そんな目で見ては不敬ながら、その中で最も色めいたお姿の女王陛下が。ふと、その白い手を蝶のように優雅に翻らせて、シスター姿の女性たちの動きを止める。
「もうそろそろ、休んでくれていいわ。……これからは本格的に、忙しくなるから」
かくれんぼは終わり、と。毒を含んだような甘い囁きに、美しいシスターたちも不穏に笑い返す。くすくす、と。響きばかりは愛らしく笑いながら姿を消していく彼女たちを見送ったリオは、どこか不安そうに女王を見上げた。
陛下は、と。呼び掛ければ、あらぁ、と。無邪気なほどに愛らしい、可憐な笑い声が返る。
「いやだわ、そんなお堅く呼ばないで。あなたは、他でもないファランディーヌの愛し子ですもの。私の名前はエヴァンジェリン。エヴァって呼んでくれてよくってよ?」
「エヴァ……!?」
とても無理だ。
国の頂点に君臨される女王陛下に、そんなに気安く呼びかけることが許されていいのだろうか。己の中の常識の中に答えを見つけられず、ええと、と。何とも言えずまごついてしまったリオを、可愛いものを見つめる眼差しで見つめた女王が、ふと悲しげな目をして微笑んだ。
「……ファランディーヌたちを巻き込んでしまってごめんなさい。私が最初に、毅然と立ち向かえなかったのがいけないの」
「そんな……」
王弟殿下が敵と言うなら――半分であっても両方であっても、それは彼女と血を分けた弟であるはずだ。リオは、実姉以外の兄姉たちのことはほとんど知らないままであったけれど。それでも彼らと敵対しろと言われれば、胸が痛んだことだろう。
気の利いた事を言えない自分をもどかしく思いながら、それでもリオは首を横に振った。リオは何も知らないけれど、それでも。こんなにも悲しい目をして、リオにまで謝罪を口にしてくれる人を、悪い人だなんて思えるはずがなかった。
「あの……これから、何か、始まるんですか?」
「ええ、そうね。ここも居心地は悪くなかったから……可愛いアルタイアちゃんが大きくなるまでは、隠れていても良かったんだけど」
アルタイア? と。美しい名前に首を傾げる。そんなリオの頭を撫でた女王が、じいっ、と。リオを見つめてくる。
その眼差しの美しさにも、リオはドギマギしてしまったが。すぐに、リオを見つめているわけではないと気付いて瞬いた。
最後にリオが着せられた――きらきらと華やかに美しく可愛らしい、ローズピンクとホワイトカラーのシルクのドレス。その布地に懐かしそうに指を這わせながら、エヴァンジェリンが小さな声でぽつりと呟く。
「……ここを飛び出した頃は、あなたくらいの大きさだったのね。私の自慢の、可愛い子」
体にぴたりと合う、素晴らしい仕立てのレースやフリルがふんだんに施された衣服ごと、リオの腕や背を撫でながら。優しい声で囁いて、エヴァンジェリンは笑う。
素顔を淡くぼやけさせる、シークレット・ヴェールの帳の向こうでもそうと判る、優しく美しいその微笑みは。確かな母親の柔らかさを纏っていた。
(アルタイア……)
きっと――彼女の娘の服だったのだろう。くすみも汚れも、皺もない。今も行き届いた手入れをされていると判るそのドレスだけで、どれほどの愛情を注がれていたのかが目に見えるようだった。
「あの子のためにと、逃げて、隠れることを選んだ私たちだったけれど。……私たちは炎の血族。その血を最も激しく受け継いだあの子の気性には、合わなかったのでしょうね」
待っていても、もう戻らない、と。遠い視線のその先には、何処かへ出奔したらしいその姫君が映っているのだろうか。
どこか夢見るようでもありながら、胸が痛くなるような不安と心配の気配を感じて、リオの胸も静かに痛んだ。
「あの子が戻らないなら、私たちにも、大人しくしている理由はもうないの。――だからね、もしも、私のあの子を見つけたら。……私たちを待たずに、危ないことはしないでと」
そう伝えてね、と。お願いをされる。
彼女の大切な姫君が、どこにいるのか、何をしているのか。解らないリオには、その伝言を届けられる確証はない。姫君の姿を知らないのなら、なおさらだ。
それでも、はい、と。迷わずリオが頷けば、優しい子ね、と。美しい声が囁き笑った。
軽やかにはしゃぐ女王の着せ替え人形になって、一時間ほどが経過しただろうか。リオは初めからずっと緊張し続けていて、そろそろ肩が凝ってきた。
(絶対似合ってないし……!)
色めいて笑うシスター姿の女性たちが、あちらこちらから運んでくる服たちは、あまりにも華美と可憐が度を越していて。リオにはサイズくらいしか合いそうにない。それでもこれが彼女たちの娯楽なのか、朗らかに楽しげな彼女たちの好きなように髪を梳かされ、メイクの趣を変えられ、華美なドレスアップを繰り返された。
シスターの扮装は目くらましで、実際の所は王宮仕えの侍女たちであるというのが妥当な所だろうか。五着目くらいからぐったりしてきたリオに、お茶を淹れたり茶菓子を差し入れたり。とにかく好意しか感じないことは確かなのだが、どこを見てもエッチなお姉さんと言う環境は思春期の情緒に大変に厳しかった。
そんな目で見ては不敬ながら、その中で最も色めいたお姿の女王陛下が。ふと、その白い手を蝶のように優雅に翻らせて、シスター姿の女性たちの動きを止める。
「もうそろそろ、休んでくれていいわ。……これからは本格的に、忙しくなるから」
かくれんぼは終わり、と。毒を含んだような甘い囁きに、美しいシスターたちも不穏に笑い返す。くすくす、と。響きばかりは愛らしく笑いながら姿を消していく彼女たちを見送ったリオは、どこか不安そうに女王を見上げた。
陛下は、と。呼び掛ければ、あらぁ、と。無邪気なほどに愛らしい、可憐な笑い声が返る。
「いやだわ、そんなお堅く呼ばないで。あなたは、他でもないファランディーヌの愛し子ですもの。私の名前はエヴァンジェリン。エヴァって呼んでくれてよくってよ?」
「エヴァ……!?」
とても無理だ。
国の頂点に君臨される女王陛下に、そんなに気安く呼びかけることが許されていいのだろうか。己の中の常識の中に答えを見つけられず、ええと、と。何とも言えずまごついてしまったリオを、可愛いものを見つめる眼差しで見つめた女王が、ふと悲しげな目をして微笑んだ。
「……ファランディーヌたちを巻き込んでしまってごめんなさい。私が最初に、毅然と立ち向かえなかったのがいけないの」
「そんな……」
王弟殿下が敵と言うなら――半分であっても両方であっても、それは彼女と血を分けた弟であるはずだ。リオは、実姉以外の兄姉たちのことはほとんど知らないままであったけれど。それでも彼らと敵対しろと言われれば、胸が痛んだことだろう。
気の利いた事を言えない自分をもどかしく思いながら、それでもリオは首を横に振った。リオは何も知らないけれど、それでも。こんなにも悲しい目をして、リオにまで謝罪を口にしてくれる人を、悪い人だなんて思えるはずがなかった。
「あの……これから、何か、始まるんですか?」
「ええ、そうね。ここも居心地は悪くなかったから……可愛いアルタイアちゃんが大きくなるまでは、隠れていても良かったんだけど」
アルタイア? と。美しい名前に首を傾げる。そんなリオの頭を撫でた女王が、じいっ、と。リオを見つめてくる。
その眼差しの美しさにも、リオはドギマギしてしまったが。すぐに、リオを見つめているわけではないと気付いて瞬いた。
最後にリオが着せられた――きらきらと華やかに美しく可愛らしい、ローズピンクとホワイトカラーのシルクのドレス。その布地に懐かしそうに指を這わせながら、エヴァンジェリンが小さな声でぽつりと呟く。
「……ここを飛び出した頃は、あなたくらいの大きさだったのね。私の自慢の、可愛い子」
体にぴたりと合う、素晴らしい仕立てのレースやフリルがふんだんに施された衣服ごと、リオの腕や背を撫でながら。優しい声で囁いて、エヴァンジェリンは笑う。
素顔を淡くぼやけさせる、シークレット・ヴェールの帳の向こうでもそうと判る、優しく美しいその微笑みは。確かな母親の柔らかさを纏っていた。
(アルタイア……)
きっと――彼女の娘の服だったのだろう。くすみも汚れも、皺もない。今も行き届いた手入れをされていると判るそのドレスだけで、どれほどの愛情を注がれていたのかが目に見えるようだった。
「あの子のためにと、逃げて、隠れることを選んだ私たちだったけれど。……私たちは炎の血族。その血を最も激しく受け継いだあの子の気性には、合わなかったのでしょうね」
待っていても、もう戻らない、と。遠い視線のその先には、何処かへ出奔したらしいその姫君が映っているのだろうか。
どこか夢見るようでもありながら、胸が痛くなるような不安と心配の気配を感じて、リオの胸も静かに痛んだ。
「あの子が戻らないなら、私たちにも、大人しくしている理由はもうないの。――だからね、もしも、私のあの子を見つけたら。……私たちを待たずに、危ないことはしないでと」
そう伝えてね、と。お願いをされる。
彼女の大切な姫君が、どこにいるのか、何をしているのか。解らないリオには、その伝言を届けられる確証はない。姫君の姿を知らないのなら、なおさらだ。
それでも、はい、と。迷わずリオが頷けば、優しい子ね、と。美しい声が囁き笑った。
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