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序章
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「――お恥ずかしいですか?」
「ひゃっ?」
突然距離を詰められて、眼前にその美しい顔面を突きつけられたリオは、驚きに顔を赤くして仰け反った。
何をどう考えても不穏な空気におののいて、ずるずると寝台の上に上がって距離を取る。だがその直後に、この行動はむしろ悪手なのではと、気付いてしまった心臓がざわついた。何といっても、出口は全くの逆方向だ。
不安な気持ちを込めて小部屋のドアに視線を向けるリオの姿に何を思ったか、目前の美貌がくすりと小さく微笑んだ。頬を撫でる白い手は優しく温かく、こんな状況でなければ安堵してしまいそうに気持ちがよかったが、とても大人しく高鳴ってなどいられない心臓はばくばくと爆音を鳴らしている。
「あ、あの。ええと、その……」
普通ではありえない距離にまで顔と身体を近付けられたリオが、せめて腕で距離を取ろうと差し挟んだ手にナチュラルに指を絡められて、びくりと物慣れない指先が震える。
その手を強く振り解くほどの動機を持てないリオの躊躇につけ込むように、目前の美青年は慣れた手つきで、ころりとリオを寝台の上に転がしてしまった。
(え?)
何をされたのか解らないまま、不思議なほどにすんなりと力が抜けてしまったことに、いっそ感嘆の感情が込み上げる。何をされたんだろう、と。呑気な興味を胸に抱いてしまったリオは、すぐにそれどころではない現状を思い出して顔色を変える。
決して負担ではない程度に、けれど明確に、逃がさないようにとの意思は感じる程度に。男の体重をかけられた身体は、思うように身動きが取れない。それでも本気で暴れれば、逃げ出すことくらいはできるかもしれないが――体格の差を見ても、手慣れた彼の仕草を見ても、簡単に制圧されてしまうような気がしてならなかった。
何しろリオは今、普段と比べて、あまりにも動き辛い格好をしているのだから。
「ご安心ください。そのように警戒なさらずとも……ここには私以外、他の誰の目もありはしません」
するりと下肢に滑った片手に、足を無造作に捕まえられて。リオはひぇっと短く息を飲む。その手の強引さに、これは何か絶対に不味いことになっていると脳内には警鐘が鳴り響いたが、要所要所を抑えられている身体はどうにも動かない。
この体勢は、色々な意味で非常にまずい。どんなに混乱していても、それくらいは理解できる。焦りに焦っているリオとは対照的に、相手の美青年はどこまでも余裕綽々といった様子だった。
とてもではないが余裕とも冷静さとも縁遠いままのリオが、緊張と不安と焦りから、微かに体を震わせれば。触れ合った場所からそのことが解ってしまったらしい美貌の青年が、小さく笑った。
「大丈夫ですよ。……決して、痛いことはしませんから」
ね? と。先ほどまでの、どこか芝居がかった風とは雰囲気を変えたその口調は柔らかく、月光のような笑顔は優しく美しい。
とんでもない状況だというのに、その笑顔にあっさりと絆されて脱力してしまった隙を突くように。ひらりと優雅に長いドレスの裾から、するりと滑らかに差し入れられた手のひらの温度に、ぎょっとしたリオは目を丸く見開いた。
「あの……っ! そ、こは」
肌を覆う布地もない、剥き出しの内腿に触れる指の感触に身を震わせたリオは、待って、と。慌てて声を出したが、そのまま大きくしようとした声は、しい、と。まるで子供にするような、唇の前に指を立てる蠱惑的な仕草に、いとも簡単に封じられてしまった。
「お静かに。安心して、力を抜いていてください」
有無を言わさぬその美貌の圧に屈して、目を白黒させながらも素直に口を噤んでしまったリオの耳に、いい子ですね、と。甘い声が吹き込まれる。
老若男女のどの層も骨抜きにできそうな色気に溢れたその声に、しかしときめくどころではないリオは、混乱のあまりに溢れた冷や汗に背を濡らしながら狼狽え続けていた。
(ど、どうしたら……!?)
何しろこちらは、訳あり中の訳ありだ。
仕立ての良い、美しいブルーに染め上げられたドレスを初々しく纏った、リオという名の――少年は。せめて足はぴたりと一つに閉じたまま、現実逃避の回想に頭の中をさざめかせた。
「ひゃっ?」
突然距離を詰められて、眼前にその美しい顔面を突きつけられたリオは、驚きに顔を赤くして仰け反った。
何をどう考えても不穏な空気におののいて、ずるずると寝台の上に上がって距離を取る。だがその直後に、この行動はむしろ悪手なのではと、気付いてしまった心臓がざわついた。何といっても、出口は全くの逆方向だ。
不安な気持ちを込めて小部屋のドアに視線を向けるリオの姿に何を思ったか、目前の美貌がくすりと小さく微笑んだ。頬を撫でる白い手は優しく温かく、こんな状況でなければ安堵してしまいそうに気持ちがよかったが、とても大人しく高鳴ってなどいられない心臓はばくばくと爆音を鳴らしている。
「あ、あの。ええと、その……」
普通ではありえない距離にまで顔と身体を近付けられたリオが、せめて腕で距離を取ろうと差し挟んだ手にナチュラルに指を絡められて、びくりと物慣れない指先が震える。
その手を強く振り解くほどの動機を持てないリオの躊躇につけ込むように、目前の美青年は慣れた手つきで、ころりとリオを寝台の上に転がしてしまった。
(え?)
何をされたのか解らないまま、不思議なほどにすんなりと力が抜けてしまったことに、いっそ感嘆の感情が込み上げる。何をされたんだろう、と。呑気な興味を胸に抱いてしまったリオは、すぐにそれどころではない現状を思い出して顔色を変える。
決して負担ではない程度に、けれど明確に、逃がさないようにとの意思は感じる程度に。男の体重をかけられた身体は、思うように身動きが取れない。それでも本気で暴れれば、逃げ出すことくらいはできるかもしれないが――体格の差を見ても、手慣れた彼の仕草を見ても、簡単に制圧されてしまうような気がしてならなかった。
何しろリオは今、普段と比べて、あまりにも動き辛い格好をしているのだから。
「ご安心ください。そのように警戒なさらずとも……ここには私以外、他の誰の目もありはしません」
するりと下肢に滑った片手に、足を無造作に捕まえられて。リオはひぇっと短く息を飲む。その手の強引さに、これは何か絶対に不味いことになっていると脳内には警鐘が鳴り響いたが、要所要所を抑えられている身体はどうにも動かない。
この体勢は、色々な意味で非常にまずい。どんなに混乱していても、それくらいは理解できる。焦りに焦っているリオとは対照的に、相手の美青年はどこまでも余裕綽々といった様子だった。
とてもではないが余裕とも冷静さとも縁遠いままのリオが、緊張と不安と焦りから、微かに体を震わせれば。触れ合った場所からそのことが解ってしまったらしい美貌の青年が、小さく笑った。
「大丈夫ですよ。……決して、痛いことはしませんから」
ね? と。先ほどまでの、どこか芝居がかった風とは雰囲気を変えたその口調は柔らかく、月光のような笑顔は優しく美しい。
とんでもない状況だというのに、その笑顔にあっさりと絆されて脱力してしまった隙を突くように。ひらりと優雅に長いドレスの裾から、するりと滑らかに差し入れられた手のひらの温度に、ぎょっとしたリオは目を丸く見開いた。
「あの……っ! そ、こは」
肌を覆う布地もない、剥き出しの内腿に触れる指の感触に身を震わせたリオは、待って、と。慌てて声を出したが、そのまま大きくしようとした声は、しい、と。まるで子供にするような、唇の前に指を立てる蠱惑的な仕草に、いとも簡単に封じられてしまった。
「お静かに。安心して、力を抜いていてください」
有無を言わさぬその美貌の圧に屈して、目を白黒させながらも素直に口を噤んでしまったリオの耳に、いい子ですね、と。甘い声が吹き込まれる。
老若男女のどの層も骨抜きにできそうな色気に溢れたその声に、しかしときめくどころではないリオは、混乱のあまりに溢れた冷や汗に背を濡らしながら狼狽え続けていた。
(ど、どうしたら……!?)
何しろこちらは、訳あり中の訳ありだ。
仕立ての良い、美しいブルーに染め上げられたドレスを初々しく纏った、リオという名の――少年は。せめて足はぴたりと一つに閉じたまま、現実逃避の回想に頭の中をさざめかせた。
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