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第一章(初夜編)
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優しくも有無を言わせない手付きでジュゼの顔を持ち上げると、怯える青い瞳を覗き込みながら、宥めるように甘く囁く。
「そんなに怯えないでください、可愛い方。恐ろしい言い伝えでもありますか? ……ふふ。人の世と別たれて、もう半世紀ですからね」
でも、大丈夫ですよ、と。優しい声に囁かれる度に、とろりと思考が蕩けていく。赤い瞳は宝石のように煌びやかで華やかで、見つめるほどに目眩がした。床から浮いたままの足先が震えて、指先が熱を帯びる。
訳もなく息が上がって、微かな喘鳴の音が喉に纏わりつく。絡み付くような濃密な甘さを帯びた眼差しから逃げたくても、頬に添えられた手に抗う気力は一向に湧かなかった。
「ねえ? いかがですか」
「……? ……っん……? ど、ドキドキ、する」
何、これ、と。困惑に瞳を潤ませるジュゼとは対照的に、麗しい姿をした妖魔は目映い瞳に明るい喜色を浮かべて微笑んだ。いっそ無垢に見えるほどのその笑みに、ますます惑ったジュゼの唇に、妖魔が唐突に思えるほど勢いよく貪りつく。
妖魔の口付けは恋の媚薬で、愛と悦楽そのものでもあった。初恋も知らないジュゼの胸に、甘美なそれはあまりに荷が重く。際限なく痺れては正体をなくしていく体と脳に、恐れを為したジュゼは必死になってもがいた。
「んっ、んぅ。やっ、やめ……っ!」
「ふふ、可愛い。可愛い人。やっと捕まえた、私の花嫁」
捕まえた、と。耳に直接囁かれた声の甘さに、肌が官能に沸き立った。
離して、と。震える声でそう訴えれば意外にも、妖魔はジュゼの身体をそっと床に下ろしてはくれたが。繰り返された口付けに力の抜けた脚は、もはや使い物になりそうにない。
階下へ向かうドアを背にした妖魔に近付くも恐ろしく、その選択は愚かと知りながら、ジュゼは慣れ親しんだ屋根裏へと逃れた。
足腰が弱って、階段の上り下りに助けの手が必要になっても。マザーは、平和な村の様子を窓から一望できる上階を好んで暮らしていた。
そんな彼女の部屋に一番近い屋根裏の薄暗さを、小さい子供は嫌がったし。闇を恐れない程度に長じた後も、その狭さと古さを皆が厭った。けれどジュゼは、マザーを側近くに感じられるこの部屋がとても好きで――そして、唯一の光源でもある、ステンドグラスの嵌められた小窓が好きだった。
(窓……)
屋根裏への階段を駆け上っただけでガクガクと震える脚は、気を抜けばすぐに崩折れてしまいそうで。今にも床に這いつくばりそうになりながら、ジュゼは小窓に手を伸ばした。
ジュゼの小さな荒れた手に、月明かりを透かした虹色の影が差す。厚く造られたそのガラスを割るのはとても現実的ではなく、さらにはめ殺しのその窓は、どんなに押しても風が僅かに通る程度にしか開いてはくれない。逃げ道のないことを確認しただけになったジュゼの背を、冷や汗と呼ぶにはどこか官能的な汗が流れて。へたり込みそうになった身体は、そのまま後ろから抱き止められた。ステンドグラスに触れたジュゼの手を上から握りしめて、美しい声が甘く笑う。
「綺麗ですね。教会は私も好きです。……ふふ、魔界の教会が祀るのは、女神様ではなくて魔王陛下ですが」
それでもちゃんと、綺麗ですよ、と。笑う吐息が耳に触れ、蛇のように滑らかな腕に絡み付かれて、足が震えた。
きゅう、と。巻き付かれた腹から、締め付けられるような切なさが込み上げて、未知の感覚に体温が上がる。は、は、と。荒くなる息を震わせて怯えるジュゼの髪に、耳に、首筋に。数え切れないほどの口付けが降って、かくりと腰が抜けてしまった。
「あう、う、あ……」
「可愛い可愛い、愛しい人。気持ちよくなってきましたか?」
私の花嫁、と。そう呼ばれて、全身を官能が貫いた。纏わりつくように濃厚な甘い気配の中、ジュゼは懸命に頭を振ってもがく。
「ちが、違うよ……お嫁さん、なんて。僕、知らな……」
「いいえ、あなたは私の花嫁ですよ」
知らない、知らない、と。譫言のような否定を続けるジュゼを、妖魔は背面から抱え上げると、身体の向きを軽々と入れ換えて正面で向かい合う。全身を覆っていたローブはすでにどこかへと脱ぎ去られていて、貴人が纏うような白と金糸の衣服を纏う青年は、月明かりの中ますます美しい。思わず目を惹かれた次の瞬間には、その形の良い唇に、ジュゼは幾度となく口付けられていた。
ちゅ、ちゅ、と。可愛らしいような音を立てて繰り返される口付けは、音に反して深く甘い。抵抗の言葉を忘れてしまったようなジュゼは、ちゅう、と。強く舌を吸われる度に頭が白むほどの衝撃を受けて、ひたすらに翻弄されていた。
やがてくたりと力の抜けたジュゼの背を、何より尊い宝に触れるように優しく抱き締めて、妖魔が微笑む。艶のない黒髪をいたわるように撫でながら、戯れるように頬をすり寄せられれば、甘い花の気配が濃厚に香った。
「私たちは、魅惑の力に長けた悪魔。異種族と番える唯一の悪魔でもありますが……人間とは、相性が良過ぎたものか。口付け一つで、大抵は発狂してしまうのです」
「あ……っ」
そんな、恐ろしいことを囁きながら、なおも唇を重ねられて。ジュゼは不器用にもがいたが、体格差があり過ぎて抵抗にもならない。ぢゅる、と。甘い舌に舌を殊更強くじっくりと啜られて、脳天まで突き抜けた快楽に痙攣した体が大きく跳ねた。頭の中が白く塗り潰されて、視界にも白い星が散る。胸に溢れていたはずの恐怖が、眩いばかりのその白に塗り潰されて、どんどん訳が解らなくなった。
ふぐ、と。耐えるような息を漏らして引き結んだ唇をなおも吸われて、酸欠と快楽に体が悶えて涙が垂れる。その涙さえ熱い舌で舐ってから、妖魔は蜜の艶を纏う瞳で甘く微笑んだ。
「口付けどころか、私の瞳を見ただけでも。……それでも稀には、あなたのような人間がいる。秀でた理性と、清い魂で。夢魔の花嫁になれる人間が」
するり、と。服の下に忍んだ悪魔の指先に触れられた腹と背中から、熱いものが沸き上がる。未知の感覚に、おかしな声が漏れ出てしまいそうで、食い縛った歯の隙間から、んん、と。苦しい息がこぼれた。
「溺れるほどの快楽に染められても、壊れずに愛を囁き返してくれる、あなたのような人間が」
「あっ、あっ……んぅっ!」
ばちばち、と。頭の中に火花が散って、完全に脱力してしまった身体を易々と抱き上げた妖魔の、魔性を映した宝石の瞳が甘やかに微笑む。
「そんなに怯えないでください、可愛い方。恐ろしい言い伝えでもありますか? ……ふふ。人の世と別たれて、もう半世紀ですからね」
でも、大丈夫ですよ、と。優しい声に囁かれる度に、とろりと思考が蕩けていく。赤い瞳は宝石のように煌びやかで華やかで、見つめるほどに目眩がした。床から浮いたままの足先が震えて、指先が熱を帯びる。
訳もなく息が上がって、微かな喘鳴の音が喉に纏わりつく。絡み付くような濃密な甘さを帯びた眼差しから逃げたくても、頬に添えられた手に抗う気力は一向に湧かなかった。
「ねえ? いかがですか」
「……? ……っん……? ど、ドキドキ、する」
何、これ、と。困惑に瞳を潤ませるジュゼとは対照的に、麗しい姿をした妖魔は目映い瞳に明るい喜色を浮かべて微笑んだ。いっそ無垢に見えるほどのその笑みに、ますます惑ったジュゼの唇に、妖魔が唐突に思えるほど勢いよく貪りつく。
妖魔の口付けは恋の媚薬で、愛と悦楽そのものでもあった。初恋も知らないジュゼの胸に、甘美なそれはあまりに荷が重く。際限なく痺れては正体をなくしていく体と脳に、恐れを為したジュゼは必死になってもがいた。
「んっ、んぅ。やっ、やめ……っ!」
「ふふ、可愛い。可愛い人。やっと捕まえた、私の花嫁」
捕まえた、と。耳に直接囁かれた声の甘さに、肌が官能に沸き立った。
離して、と。震える声でそう訴えれば意外にも、妖魔はジュゼの身体をそっと床に下ろしてはくれたが。繰り返された口付けに力の抜けた脚は、もはや使い物になりそうにない。
階下へ向かうドアを背にした妖魔に近付くも恐ろしく、その選択は愚かと知りながら、ジュゼは慣れ親しんだ屋根裏へと逃れた。
足腰が弱って、階段の上り下りに助けの手が必要になっても。マザーは、平和な村の様子を窓から一望できる上階を好んで暮らしていた。
そんな彼女の部屋に一番近い屋根裏の薄暗さを、小さい子供は嫌がったし。闇を恐れない程度に長じた後も、その狭さと古さを皆が厭った。けれどジュゼは、マザーを側近くに感じられるこの部屋がとても好きで――そして、唯一の光源でもある、ステンドグラスの嵌められた小窓が好きだった。
(窓……)
屋根裏への階段を駆け上っただけでガクガクと震える脚は、気を抜けばすぐに崩折れてしまいそうで。今にも床に這いつくばりそうになりながら、ジュゼは小窓に手を伸ばした。
ジュゼの小さな荒れた手に、月明かりを透かした虹色の影が差す。厚く造られたそのガラスを割るのはとても現実的ではなく、さらにはめ殺しのその窓は、どんなに押しても風が僅かに通る程度にしか開いてはくれない。逃げ道のないことを確認しただけになったジュゼの背を、冷や汗と呼ぶにはどこか官能的な汗が流れて。へたり込みそうになった身体は、そのまま後ろから抱き止められた。ステンドグラスに触れたジュゼの手を上から握りしめて、美しい声が甘く笑う。
「綺麗ですね。教会は私も好きです。……ふふ、魔界の教会が祀るのは、女神様ではなくて魔王陛下ですが」
それでもちゃんと、綺麗ですよ、と。笑う吐息が耳に触れ、蛇のように滑らかな腕に絡み付かれて、足が震えた。
きゅう、と。巻き付かれた腹から、締め付けられるような切なさが込み上げて、未知の感覚に体温が上がる。は、は、と。荒くなる息を震わせて怯えるジュゼの髪に、耳に、首筋に。数え切れないほどの口付けが降って、かくりと腰が抜けてしまった。
「あう、う、あ……」
「可愛い可愛い、愛しい人。気持ちよくなってきましたか?」
私の花嫁、と。そう呼ばれて、全身を官能が貫いた。纏わりつくように濃厚な甘い気配の中、ジュゼは懸命に頭を振ってもがく。
「ちが、違うよ……お嫁さん、なんて。僕、知らな……」
「いいえ、あなたは私の花嫁ですよ」
知らない、知らない、と。譫言のような否定を続けるジュゼを、妖魔は背面から抱え上げると、身体の向きを軽々と入れ換えて正面で向かい合う。全身を覆っていたローブはすでにどこかへと脱ぎ去られていて、貴人が纏うような白と金糸の衣服を纏う青年は、月明かりの中ますます美しい。思わず目を惹かれた次の瞬間には、その形の良い唇に、ジュゼは幾度となく口付けられていた。
ちゅ、ちゅ、と。可愛らしいような音を立てて繰り返される口付けは、音に反して深く甘い。抵抗の言葉を忘れてしまったようなジュゼは、ちゅう、と。強く舌を吸われる度に頭が白むほどの衝撃を受けて、ひたすらに翻弄されていた。
やがてくたりと力の抜けたジュゼの背を、何より尊い宝に触れるように優しく抱き締めて、妖魔が微笑む。艶のない黒髪をいたわるように撫でながら、戯れるように頬をすり寄せられれば、甘い花の気配が濃厚に香った。
「私たちは、魅惑の力に長けた悪魔。異種族と番える唯一の悪魔でもありますが……人間とは、相性が良過ぎたものか。口付け一つで、大抵は発狂してしまうのです」
「あ……っ」
そんな、恐ろしいことを囁きながら、なおも唇を重ねられて。ジュゼは不器用にもがいたが、体格差があり過ぎて抵抗にもならない。ぢゅる、と。甘い舌に舌を殊更強くじっくりと啜られて、脳天まで突き抜けた快楽に痙攣した体が大きく跳ねた。頭の中が白く塗り潰されて、視界にも白い星が散る。胸に溢れていたはずの恐怖が、眩いばかりのその白に塗り潰されて、どんどん訳が解らなくなった。
ふぐ、と。耐えるような息を漏らして引き結んだ唇をなおも吸われて、酸欠と快楽に体が悶えて涙が垂れる。その涙さえ熱い舌で舐ってから、妖魔は蜜の艶を纏う瞳で甘く微笑んだ。
「口付けどころか、私の瞳を見ただけでも。……それでも稀には、あなたのような人間がいる。秀でた理性と、清い魂で。夢魔の花嫁になれる人間が」
するり、と。服の下に忍んだ悪魔の指先に触れられた腹と背中から、熱いものが沸き上がる。未知の感覚に、おかしな声が漏れ出てしまいそうで、食い縛った歯の隙間から、んん、と。苦しい息がこぼれた。
「溺れるほどの快楽に染められても、壊れずに愛を囁き返してくれる、あなたのような人間が」
「あっ、あっ……んぅっ!」
ばちばち、と。頭の中に火花が散って、完全に脱力してしまった身体を易々と抱き上げた妖魔の、魔性を映した宝石の瞳が甘やかに微笑む。
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