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再会の都は不響和音が鳴る
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しおりを挟む仕事と割り切ってしまえば楽なのに、それが出来ないところまで気持ちがあると自覚してしまっているから余計に上手く出来ない。自信もあまり無い。
「っわ!?」
不意に馬車が急停止すると咄嗟に取っ手に捕まって凌いだが、それよりもぐらりとこちらに何かが覆い被さる寸前で止まった。余所見をしていたから全く予期しておらず、僕は魚が海で息をするかのように口をパクパクした。
立ち上がったシオン様にタイミング悪く、馬車が急に止まった為、バランスを崩したのだ。壁に手を着いて寸でのところで持ち堪えていたので、僕は潰される事は無かった。
「カノン、悪い大丈……」
「っ……」
吃驚し過ぎて思わず、視線が合うとすぐに顔を逸らして目を閉じる。「すみません、野生動物が飛び出してきて」と言う声にシオン様が対応して、また馬車は動き出した。
「俺が恐い……?」
「えっ、そんな事は無いです」
バッと顔を上げて直ぐに即答すると面食らったように顔を顰めるシオン様は真正面の椅子に座り直した。
「それならどうして最近避けて……いや、無理させてるよな。悪い気にしないでくれ」
何が言いたげに話し出したシオン様はバツの悪そうな顔をしてから悲しげな表情をしたように見えた。空気が何処と無く重たくなってしまった。あからさまな態度をした事もあり、当然で、だけどそれは誤解している。
「あの! 無理では無いです。その覚える事は多いし、まだまだ全然ですけど。わりと楽しかったですし、それに」
慌ててどう説明するべきか思わず声が裏返ってしまった。一呼吸置くと切り出した。
「そのただ、色々とその……いっぱいいっぱいで避けてる訳ではなくて、色々試して下さって僕も有り難い事だと思ってるのですが、そしたら今までの事とかも考えてる内にもっと良くわからなくなってしまって、恋人との距離間って何なのかって考えるばかりに、その……少し近付くのを控えていただけで、あれ? そうすると避けてると思われてもおかしくないですか? すみません! 僕そんなつもりは無くて、上手く説明出来なくて申し訳無いのですが、」
出来る限り誤解は解きたかった。シオン様には辛い顔して欲しくないのもある。ただ一気に話した為、時たまに噛んだり、纏まりがない。しっかり伝わっただろうか。
「……それならカノンは俺を嫌いになったわけじゃないのか?」
「そんな事ありません!」
断じて、と付け足す勢いで言うと一瞬呆けた顔をしたシオン様の質問にきっぱりと答えると額に手を当てて安堵の息を漏らした。
「何だ、そうか」
ほっとした様子のシオン様に何とか伝わった気がしてこちらも胸を撫で下ろす。
「あの日に俺が言った言葉を覚えて無いのをやっぱり怒っているのかと思ってた」
「それは……お酒を結構呑まれていましたし、仕方無いですよ」
「ゔ……それでもカノンにとっては大切な、俺にとってもわりと重要な事だった筈だ」
一喜一憂している自分が何だか馬鹿らしくて落ち込んでいるだけで、僕もそれを説明するのはどうも違う気がしたし、何より啖呵を切った手前、今更その事を聞かれてもそれはそれで困ると言うか、どちらにしても言いづらい。
でも、正直な話肝心な事を覚えていなかった事に少しだけ……残念な気持ちになったのも事実で、それはそれで、今はやるべき事に誠心誠意頑張りたいと思っている訳で、この気持ちを伝えられるほどの余裕はあまりない。
「はい、とても嬉しかったのは事実です」
でも、少しだけほのめかす言葉を伝えても構わないかな、とは思ってしまった。案の定、渋い表情をしながらも何だか満更でも無さそうなシオン様に、このくらいなら許容範囲何だなってわかってきた。
「ぐっ……それを覚えて無いのが悔しい。思い出そうとしても感触しか記憶に無い」
「か、感触……?」
それはそれで恥ずかしいのですけど。
目まぐるしくて慣れないことばかりなのもまた何だか、最近そわそわして落ち着かない上にここは馬車の中で二人っきりで、逃げ場が無い。
「だからカノン、仕切り直させてほしい。同じ言葉を言えるとは思わないが、全部片付いたら……伝えたい事がある。聞いてくれないか?」
「……はい、お待ちしております」
でも、とても居心地が良かった。
僕は今どんな顔をしてるかな。しまりがない顔をしている気はする。でも、シオン様が柔らかく笑っているからきっと大丈夫なのかな、何て思う。
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