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多方面で活躍していた

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コツコツと歩く速度は早くも無く遅くも無く、至って穏やかな速度だった。

ただ違うのは旅の途中は後ろにスッと控えていた聖女は、今や皇太子の前を悠然と歩いている。さっきまであった魔物の気配も今は全くと言っていい程に感じられなかった。

皇太子は居た堪れない気持ちと何故こうなってしまったのか、聖女は何を考えているのか聞かなければならなかった。


「あのどうして貴女は突然こんな事になってしまったのですか?」

「私は最初からこうでしたよ。ただ皆さんが仰ったでは無いですか、『後ろに控えているだけで良い』と、『私達が全て倒してみせるから』と、今日それを聞いた通りにしただけです」

「なッ……! 確かに言ったが、でも、救わない事は別でしょう。貴方は聖女様なのだから! 仲間を助けるのは当然の責務でしょう…!」


思わず、反論をする皇太子に顔が見えない聖女は尚も笑っているのだろうか。単に面白いと思ったのか、くすくすと笑い始めた。何がおかしいんだろう。



聖女だ、彼女は聖女以外の何者でもない。

そういう力を持った神聖な存在だ。国にとって有益で、今は少し魔王城と言うところで、疲れてしまったんだろう。

彼ら2人を置いてきたのも怪我が酷いからで、後で治療してくれるに違いない。そうに違いない。聖女は反論には否定も肯定もせず、問い掛けてきた。


「皇太子様はご存知でいらっしゃいますか? 私の御身名を」

「 え? 」


何を言っているんだと思い、そんな簡単な問いをと、答えようとした。

だが、すぐに言葉に詰まった。知らないのだ。
聖女の名前を、そもそも聖女の名前は異国の名でこちらの言語では言葉に出来ない。
だから聖女は聖女でしかないと教わった。故に彼女自身のその名は知らない。教えて貰った事も無い。

それが当たり前で、聞くことすらしてないのだ。

口篭る皇太子に、いつの間にかまた足が止まり、くるりと向き直る聖女は微笑んだ。
この表情にほっとした皇太子は次の言葉に凍り付いた。


「先程も言いましたが、仲間とはどちら様の事でしょう? 名前すら存じ上げていらっしゃらない方々とは果たして仲間と言えますか?
皇太子様は仰いましたね? 『仲間を助けて』と、仲間では無いので助ける必要が無かった。それだけですよ」

「な、何で……いや! 待ってくれ、でも今まではどうして助けてくれたんですか。おかしいでしょう?」

「ええ、全てしっかり報酬もお礼もございましたから。それなりのお勤めを果たさせていただいておりました。ですが、今回の魔王城に関しては皇太子様は勇者で、皇族ですから確実に褒賞がお約束されております。聖女は慈善のようですので、賞賛されても全て皆様、他2名の功績になるでしょうね」


やれやれと困り顔の聖女に対して、反論を試みたのもふつふつと怒りのような憤りを感じる始める皇太子。
じゃあ何か、今迄の彼女は全て偽物で、実際は卑しくもそんなものの為にずっと行動してたということか、とそれが無ければ何もしないと。


「君は何を言っているのかわかっているのですか? なら褒賞、報奨が確約されれば、動いたと言う事? これは明らかに聖女らしから」

「貴方こそ本当に理解されていらっしゃいます? 皇宮でぬくぬく育った皇太子様はまずお金の使い方が一度に大き過ぎて余計な物を買う始末。皇宮ならまだしもそれともお金が湯水の様に湧き上がると思っていらっしゃったとでも? 金策には大層苦労しましたわ」


皇太子の言葉を遮り、はあとため息を吐く聖女は続ける。


「続いて、子爵だか伯爵だかの銃闘士様。彼は女遊びと豪遊がお好きな方でしたが、仕事後に行なうのを嗜好としておりましたので、まあ生計や対象が変われば決められた額で行えるような方ではありましたね。
最後に魔術師様。彼は金遣いが荒い方ではございませんでしたが、魔力とはまた違う神聖力にご興味津々なご様子で、上手く躱すのに苦労しましたし、実験ではない別の興味を惹かせるのにも尽力致しました」


ふぅと息を吐くと更に続ける。
今までの文句を全て吐き出すように。


「そもそも貴方々からは何のお礼、見返りもましてや労りの言葉すら受けておりません。全て慈善と慈悲。聖女の、女の仕事と決め付けて、洗濯も炊事、更には夜の御奉仕に、お悩み相談。気付けば生計管理。仕事は任せてと言いながら怪我をしたら治療しろだの、結界を貼れだの。貴方々よりも寝る間も惜しむ程の過重労働にお気付きになっておりましたか?」

「え? いや……」


そんなに沢山のことを生していたとは知らなかった。たじろぎ後退りする皇太子に盛大な溜め息を吐く聖女。呆れはすれど、微笑みは崩さない。


「お金が無いと生きていけません。魔王討伐と言う大義名分があったから貧しい農村ですら寄付して下さっていたのです。その時に魔物を退治した?
二次被害が出ないよう瘴気を浄化したのは、私です。その後の魔物の残骸の処理は?
全て私と民が火葬して、害獣や害虫による三次被害を防いでいたんですよ。その間、貴方々はさぞ……いいご身分でいらっしゃったようですが」

「ッ……!」


何も言えず、黙りこくってしまった皇太子。

魔物を倒せばそれでいいと思っていた。
その後の被害等の事は全く考えていなかった皇太子達。倒せば良いと、倒すだけで良いのだと思い、後先何て気にしなかった。

宴の最中に聖女は居ただろうか、宴が無くても所々で聖女がいなかった事があった。教会に行ってお祈りをしていると思っていた。
全ては旅の前途を滞り無く行う為に、施策を講じていたに過ぎなかった。聖女はそこまでの事を成していたのだ。


「それなら言ってくれれば私達だって、務めを果たして……」

「はあ?
話しましても聞く耳を持たなかったのは他でもない皇太子様でしょう? 倒せば大丈夫だと決め付けていらしたでしょう。ましてや、『君はここに来てまだ数年だから知らないんだろう』と嘲ていたようですし、話しても無駄だと思うのは至極当然だと思いますよ」


呆れ返る聖女に反論の余地もなく、俯いた。これならば聖女が皇太子達を見放していくのも当然だったのだ。

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