【愛と感動】貴族家で冷遇され続けた少年、朽ち果てた剣から美少女を錬成してしまう ~追放された魔法使いの卵と悲劇の過去を背負う剣の物語

水城ゆき

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人形の知恵

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一人客間に案内されたエステルは静寂に包まれた空間で、まるで人形のように動かずに座っていた。その視線は向かいの壁紙にむけられている。

「人間はなぜ、壁に花を描くのか……」と呟いた瞬間、ドアが開く。
甘い香水の匂いと共に、若い男性が滑るように部屋に入ってきた。ベルモント家次男、アルカディアだ。

「やあ、美しき御方。私はアルカディア。この屋敷の当主の息子さ」と彼は艶のある声で語りはじめる。
エステルは感情の乗っていない声で答えた。
「私はエステル。剣です」
アルカディアは一瞬困惑した顔をしたが、すぐに艶めかしい笑みを浮かべる。

「剣だって?なんて面白い冗談。確かに君の美しさは、生きた芸術品のようだが」とアルカディアはエステルに近づく。そして、その銀色の髪に手を伸ばした。
エステルは微動だにせず「触れられるのは好みではありません」と冷たく言い放った。
「そ、そうか……ところで、君とあいつ…レイとは、どういう関係なんだ?」
「私の主です」

エステルが淡々と答えると「ふーん」と、アルカディアの目が欲望に満ちて輝いた。
「だったら、主を変えてみないか?彼なんかより、私につけば素晴らしい生活を約束できる。この屋敷でも高い地位を与えてやる」

言葉の意味がわからず、エステルは首を傾げる。
「私が主といるのはレンが主だからです。それに剣に素晴らしい生活は必要ありません」
アルカディアの表情が一瞬歪んだ。
しかし、すぐ取り繕うように「君は本当に面白い。だが、考えを改めてほしいな」とエステルの肩にポンと手を置いた。
やはりエステルは微動だにしないが、再度冷たく言い放つ。
「手を離してください。さもないと、その手が無くなりますよ」

無表情の威圧にアルカディアは手を引っ込めると、諦めたように椅子に腰掛ける。
「ふむ、少し休憩しよう。とりあえずお茶でも飲んでくれ」と目の前にある、香り高い紅茶をエステルの前に押し出した。

「結構です」と答えるエステルに、アルカディアは首を横に振る。
「いや、飲んでくれ。客人にお茶を出すのが、この屋敷の礼儀なんだ」
アルカディアは更にティーカップを押し出すと「人の好意は受け取るものだよ」と締めくくった。

「そういうものですか。ならば私も理解しなければいけませんね」
それが常識ならばと、エステルは差し出された紅茶を受け取った。そして一気に飲み干す。
その途端、アルカディアの顔に邪悪な笑みが浮かび、スッと立ち上がった。

「ふはは!ざまあみろ!今の紅茶にはたっぷり毒が入っていたんだぞ!」
急に狂ったように笑い出す彼の行動が、エステルには不思議でならなかった。
「そうですか。人は本当に奇妙ですね。毒を飲んだら、なぜ笑うのでしょう」

あまりに変化のないエステルを見て、アルカディアの笑いが徐々に止み。彼の顔から血の気が引いていく。
「おい。お前飲んだよな?なら、もう床に転がっているはずなのに。何故だ?」
「なるほど。私を殺したくて毒を入れたのですね。ようやく理解しました。それなら……」とエステルはゆっくり立ち上がり、言葉を続けた。

「あなたは敵だということですね」
「くそっ!なら直接殺してやる!この化け物め!」

狂気に満ちた表情でアルカディアは剣を抜いた。しかし、エステルの動きはそれより何倍も速い。アルカディアが剣を振り上げる間もなく、彼女は彼の腕をつかみ一瞬で床に叩きつけていた。

「ああ、申し訳ありません。反射的に動きました。あら?腕が折れましたか……脆いですね。剣(わたし)よりも折れやすい」
床で自分の腕を抑えて、うずくまるアルカディアを、エステルは不思議そうに見下ろしていた。
その直後。急に屋敷の中がバタバタと騒がしくなった。あっという間に鎧を来た騎士達が、ゾロゾロとエステル達のいる客間に駆け込んでくる。

「騎士団だ、全員動くな!」
他の騎士とは雰囲気の違う、煌びやかな胸当てを身に付けた団長らしき男が叫ぶ。
だが彼の目は床に倒れたアルカディアと、その上に立つエステルを交互に見やった。一呼吸置いてエステルを見る。「なにがあった?」
「この方が私に毒を飲ませ、その後で剣で切りつけようとしたので、止めました」

団長は困惑した表情を浮かべる。「毒だと?それは本当か?」
「はい。ただ、私は剣ですので毒は効きませんが」とエステルが何の変哲もない様子で説明すると、団長は益々困惑した顔を浮かべた。
「なんだと?」
いったい何を言ってる?という顔をした後、団長は、ふと扉の方に視線を向けた。誰かが階段を降りてくる足音が聞こえる。

やがて、レイが警備に捕まれながら、当主のカレドニアと共に客間に現れた。部屋に入ったカレドニアは状況を一瞥し、何かを察したかのような気まずそうな顔を見せる。
だが、すぐに団長を見ながら、レイを指さした。「何事か知らんが、ちょうどいい。この男は泥棒だ。今すぐ逮捕してくれ」

団長がレイとカレドニアを交互に見る。「泥棒だと?我々を呼んだ理由はそれか?」
他の騎士団員達が、それぞれ目配せしながらザワつき始めた所で、レイが叫んだ。
「違う!泥棒はしてない!それよりあんたらが調べてた事件の犯人こそ、この男なんだ!」
団長の表情が険しくなる。「なんだ暗殺の話か?確かに調べてはいるが、証拠はあるのか?」

カレドニアが団長とレイの間に割って入った。
「そんなものがあるわけない!」その顔は焦りとも怒りともとれる。
どうしたものか、といった感じで団長は自分の部下達に視線を流した。
すると唐突にエステルが前に進み出た。「証拠はあります」

全員の目がエステルに集中する。彼女は自分の口元を指さした。「私は毒を飲まされました」
言って、彼女は紅茶カップを手に取ると、口の中からそのカップの中に少量の液体を吐き出した。「これが証拠です」
無表情で言うエステルに、団長は目を見開く。「これが?毒だってのか?ならば、なぜお前は無事なのだ?」と当然の疑問を口にする。

エステルは真顔で「私は剣ですから」と答えたが、そこはレイが慌てて割って入った。
「つまり、彼女は特殊な体質なんです。毒が効かないんですよ」
団長は首を傾げる。「そんな事が?まぁわかった。これが本当に毒物かもわからんからな。証拠として持ち帰り、詳細に調査する」

団長がカップを持ち去ろうとすると、カレドニアが再び割って入った。「待て!それはただの...薬だ!そうだ、彼女の体調を気遣って...」
するとエステルが感情の無い声で提案した。
「それなら、あなたが飲んでみてはどうですか?」
部屋中が静まり返った。カレドニアは言葉を失い、その場に崩れ落ちた。

床に転がっていたアルカディアも、状況を理解すると観念したように項垂れた。
その様子に団長は大体の事情を察したらしく、部下たちに指示を出す。
「カレドニアを拘束しろ。屋敷内を徹底的に調査する」

そんな混乱の中、「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」と叫びながら客間に駆け込んできた少女がいた。オリンピアだ。
彼女を見たレイは、全てを理解した。
「ありがとう、君が騎士団を呼んでくれてたんだな」

オリンピアはコクリと頷く。その様子を見たエステルはレイに「これで終わりですか?」と淡々とした口調で確認した。
レイは無意識にエステルの頭を撫でて言う。「ああ、やっと終わったよ。お前のおかげだ、エステル」
エステルが首を傾げると「私は毒を飲んだだけです」と無感情な声を発した。
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